マドリードは、15世紀以降、代々のスペイン王家により首都とされて栄えました。
歴史上でスペインが一番繁栄していたといわれるのは、8-15世紀にかけて、キリスト教徒がイスラム教徒からイベリア半島を取り返した国土回復運動(レコンキスタ)が完了し、1479年にスペイン王国が成立した少し後のことです。
1492年のイサベル1世の援助を受けたコロンブスによるアメリカ大陸の発見をきっかけとする大航海時代の始まりから、1659年のフランス・スペイン戦争での敗北あたりまでは、「スペイン黄金世紀」と呼ばれる時期となります。
陶器産業が隆盛となったのも、このころです。
大英帝国の繁栄期の象徴的存在であり、その時代の政治、経済、文化や技術面においては「ヴィクトリア朝」と呼ばれることでも有名なヴィクトリア女王(1819-1901)。
ちなみに、彼女が即位した時代、国内では全国的な不作も影響し、イギリス経済はどん底に あったといいますから、国民の若い女王への期待感は薄いものだったよう、、、
彼女が大英帝国を黄金期へと導き、その後60年以上にもわたる治世が続くとは国民には知る由もなかったかもしれませんね。
今でこそ紅茶といえば英国!というイメージが定着している現代ですが、英国に紅茶の習慣が広がっていった背景には、王侯貴族が宮廷内で流行らせたことをきっかけに、それが徐々に中産階級へ広がり、やがて一般市民へと浸透していった、という経緯がありました。
しかし!紅茶にまつわる習慣は何でも王族が始めたとは限りません…
たとえば、アフタヌーンティーを始めたのは国王や女王ではなく、あるお屋敷に住んでいた貴婦人。
しかも彼女のちょっとしたお悩みがきっかけとなって生まれたアフタヌーンティーは、やがて女王をも楽しませる習慣として定着していくこととなるのです。
世界中で人気を誇る紅茶ブランド、トワイニング。英国の紅茶の歴史はトワイニングと共にあるといわれるほど、実は大変歴史ある伝統的なブランドでもあります。
その創設者であるトーマス・トワイニング(1675-1741)はイングランド南西部にあるグロスターシャーの出身といわれ、もともとトワイニング家は毛織物を扱う業者だったのだそうです。
パリから北へ80kmほどの、オー・ド・フランス地域圏、オワーズ県の県庁所在地であるボーヴェには、パリ北駅から列車で1時間20分程で訪れる事ができます。
観光スポットとしてまずお勧めするのは、街のちょうど中心にある未完のサン・ピエール大聖堂でしょう。
12〜13世紀フランスではゴシックの大聖堂が次々と建てられ、その高さが競われました。
そんな頃サン・ピエール大聖堂は建てられ、天井高48mに及ぶ世界一の高さを有する巨大聖堂となりました。
「ナポリを見てから死ね (Vedi Napoli e poi muori)」」と言われるほど、一生に一度は訪れたい風光明媚な南イタリアの中心都市ナポリ(Napoli)。
最大の見どころは、1世紀にヴェスビオ火山の噴火により、その火砕流により2000年前の生活をそのままに、地下に埋没したポンペイやヘルクラネウム(現エルコラーノ)遺跡の出土品です。
この影響を大きくうけたのが、イギリス・ウェッジウッド社の創業者であるジョサイア・ウェッジウッド。それまで東洋陶磁器の模倣をもとに発展してきたヨーロッパ陶磁器の世界に、欧州文明の起源であるギリシア・ローマ文化の要素を取り込むことで新たな流行を産み出します。
ウェッジウッドの美しいティー・カップでおいしい紅茶をいただきながら、スコーンやケーキを楽しむ・・・一生に一度は、本格的なアフタヌーン・ティーを体験してみたいものですよね。
イギリスではカフェでも楽しめますが、せっかくなら、名門ホテルで伝統的なアフタヌーン・ティーをしてはいかがでしょうか?
ロンドンにはアフタヌーン・ティーを楽しめる場所がありますが、中でも有名なのが名門5つ星ホテルのザ・サヴィ。
ロンドンの中心に位置し、テムズ川のほとりにある、1889年創業の歴史あるホテルです。
これまで、チャーリー・チャップリン、マリリン・モンローや、オードリー・ヘップバーンなど数々の著名人や王族、国家君主など世界のVIPに愛されてきました。
世界に名立たる陶磁器ブランド「ウェッジウッド」社を立ち上げたジョサイア・ウェッジウッド(1730-1795)は、イングランドのスタフォードシャー、その中でも「イギリスの陶器産業の里」と呼ばれるストーク・オン・トレント(Stork-on-Trent)の、代々陶器職人を務める陶芸一家に生まれ育ちました。
ジョサイアを並みの陶芸家とは異なる存在とした出来事が、11歳の時に起こりました。
アン女王(1665-1714)は、後に国王となるジェームズ2世の次女として生まれました。
アンの姉は、後に女王となるメアリ2世で、姉のメアリは控えめで大人しい性格であったのに対し、アンは乗馬やスポーツを好む社交的な人柄であったようです。
1683年にアンはデンマーク・ノルウェー国王の次男であったヨウエンと結婚し、夫婦仲は非常に良かったと言われています。
そんなアンの人生の転機ともいえる出来事が、1688年におきた名誉革命。
メアリ2世(1662-1694)は、夫と共に即位し、ふたりで共同統治を行ったことで知られるイングランド女王です。
イギリスの歴史上、夫婦が平等に国王と女王として「共同統治」を行ったのは、この夫ウィリアム3世と妻メアリ2世の時代のみです。
メアリ2世の伯父であるチャールズ2世は前々国王、父であるジェームズ2世は前国王、3才年下の実の妹はその後のアン女王、と家系だけみれば非の打ちどころのない華麗なる一族です。
しかし、彼女の即位までの経緯は、いろいろな利害関係と思惑がからみあった綱引きの結果であり、統治後も気苦労の絶えない人生であったようです。
ボーン・チャイナとは、牛の骨灰や骨リンを陶石に混ぜることによって出てきた、半透明で乳白色に輝く陶磁器。
それを生み出したのは、イギリスにある「ストーク・オン・トレント」という街です。
日本ではあまり知られていないこの街、あのウェッジウッドやスポードをはじめ、日本でも人気急上昇中のバーレイやエマ・ブリッジウォーターなど、イギリスを代表する陶磁器の工場が多数あります。
そんな英国陶器の聖地を訪れるなら、ぜひとも泊まってほしいのが、あのウェッジウッド家ゆかりの邸宅を改装したホテル「ジ・アッパー・ハウス(The Upper House)」です。
デュ・バリー夫人(1743-1793)は、それまでフランス国王ルイ15世の公妾として社交界の華と称えられたポンパドゥール夫人が42歳の若さで亡くなった後、公妾として取り立てられた美女です。
「公妾って、要するに愛人のことでしょう?どうせ見た目だけでしょう。なんか頭悪そう。」、などと侮ることなかれ。