現代では紅茶文化のイメージもあって高級陶磁器ブランドの印象も強い英国。
しかし、ヨーロッパにおける陶磁器窯の歴史を見ると、英国はやや遅れをとっていたといわれています。
その理由は、マイセンやアウガルテンなど、ヨーロッパ大陸の名窯がこぞって王侯貴族による王立として創設・発展してきたのと対照的に、英国の窯は主に民間中心に発展してきたものが、後にロイヤルワラント(王室御用達)を授与され認められてきた歴史であることが背景にあります。
今回、ご紹介する英国が誇る名窯ミントンもそうした歴史を持つブランドのひとつ。
では、ヴィクトリア女王から愛され、今日まで「テーブルの貴婦人」と称され愛さ続けるミントンはいかにしてその功績を築いたのでしょうか?
その軌跡に迫ります。
銅板彫刻師から磁器窯の運営を開始!名窯ミントンの誕生
ミントンは1793年、英国はストーク・オン・トレント(Stoke-on-Trent)にて誕生した歴史ある陶磁器ブランドです。
ストーク・オン・トレントは、”ザ・ポッタリーズ(The Potteries)”(ポッタリーは「陶器」の意味)の愛称でも知られ、ウエッジウッド、エインズレイ、スポード、ロイヤルドルトンなど英国の名だたる名窯を輩出してきた陶器産業の聖地。
出典:Wikipedia(ストーク・オン・トレント駅の建物)
創業者となるトーマス・ミントン(Thomas Minton、1765–1836)は、そのストーク・オン・トレントの南西にあるシュロップシャーのシュルーズベリー出身で、 1780年代にコールポート窯(Caughley Pottery Works)の銅板転写の銅板彫刻師としてそのキャリアをスタートさせます。
出典:majolicasociety.com(トーマス・ミントン)
下積み時代を経て一人前の銅板彫刻師となった彼は、今日も英国を代表する名窯として知られるウェッジウッド窯やスポード窯の下請けもしていたそうです。
その後、1796年に近くの工場で装飾用ボーンチャイナを製造したジョセフ・ポールソン(Joseph Poulson)と提携、1824年にはトーマス・ミントン・アンド・サン(Thomas Minton and Sons)として会社を設立し、事業を拡大!
今日”ミントン”として知られる、自身の名を冠した磁器の製造に乗り出すと、銅板彫刻師として培った技術で製作される彼の作品は次第に評判となってゆきます。
中でも有名なのがウィローパターン(柳文様)で、これは白地にコバルトブルーで柳や松、二羽の鳥、楼閣、橋や小舟といった中国を起源とする図案が描かれたもの。
出典:blueandwhite.com(ミントンの初期ウィローパターン、1800年頃)
ウィローパターンがいつ発明されたのかは明確でありませんが、トーマスが修行していたコールポート窯で原型ができ、そこを離れた職人がスポードで発展させました。
そして、自分の窯をもったトーマスも、スポードや他の窯へデザインを提供していたため、ウィローパターンを確立させたのはミントンだ、とも言われています。
ちなみに、ウィローパターンは長く愛され続けるうち、この中に登場するモチーフを使った物語が後付けされるようになったといい…
「あるお屋敷で育った娘が家来の若者と恋仲となりましたが、父親にばれて離れに監禁され、別のお金持ちとの結婚を強制されてしまいます。桃の木の花が咲いた結婚式の夜、祝宴の最中に娘は若者と逃げ、召使いの家に匿われますが、召使いの家にも追っ手が迫ったため、ふたりは小舟で逃げ、しばらくは幸せに暮らします。しかし、その後は娘の結婚相手に攻められ、若者は戦死、娘も自害。二人は空飛ぶ鳥になって、幸せに暮らします。」
というのが、最も有名なの中国を舞台にした男女の悲恋物語だそうですが、なるほど、橋の上に逃げる娘と若者、そして追いかける父親が見えますね。
出典:blueandwhite.com(ミントンの後期ウィローパターン、1920年頃)
当時の人々にならって自分なりの物語を創作して楽しむのもウィローパターンの楽しみ方の一つといえそうですね。
ミントンを飛躍させた息子ハーバートはタイル事業で有名に!?
ミントンを一躍有名にしたといわれるのがトーマスの次男で2代目となるハーバート(Herbert)。
出典:majolicasociety.com(ハーバート・ミントン)
最初は長男トーマス(Thomas)が後継者となる予定でしたが、肝心の本人は磁器や経営にそれほど興味がなく、入社も早々に退社し聖職に就いてしまいます。
そこで、磁器に関心があり、職人としての才能も持ち合わせていた次男ハーバートが適任ということになり、彼を2代目として仕込み始めます。
そんな父子の経営は順調かに見えたものの…ハーバートは当時、ブームとなっていた中世の廃墟や古城に見られるゴシック・リヴァイバル様式(イギリスで1740年代後半に始まった建築的な流行)に魅了されたことをきっかけに、幻のタイルの存在を知り、すっかり夢中に!
しかし、これが父子の関係にひびを入れていくことになります。
そのタイルとは、中世の教会に残された古い技法による「象嵌(ぞうがん)タイル」(Encaustic tile)と呼ばれるもの。その技法はすでに失われており、再現することは不可能とされていました。
経営者でありながら、職人としての熱い情熱も併せ持っていたハーバートは何とかこの技法を蘇らせられないものかとその復刻に挑み始めます。
しかし、無謀ともいえるこの挑戦には時間と莫大な資金がかかるため、父トーマスをはじめ、大反対する周囲の理解を得ることはできないまま…トーマスは亡くなってしまいます。
ところが、その後、紆余曲折を経て、ハーバートのタイル事業は大成功!ミントンの業績を支える分野にまで成長することになるのです。
また、ミントンのタイルは、当時急速な普及が求められていた上下水道の整備にも一役買い、国の公衆衛生にも貢献することとなりました。
ちなみに、ミントンのタイルは英国の国会議事堂、ヴィクトリア女王の私邸オズボーンハウス、海を渡ってアメリカの国会議事堂にも採用されています。
出典:Wikipedia(米国国会議事堂のミントン・タイル)
そして、ここ日本でも、東京にある国の重要文化財、旧岩崎邸庭園でミントンのタイルを見ることができます。
出典:curators.jp(旧岩崎邸庭園のミントン・タイル)
ヴィクトリア女王から長きに渡り熱烈に愛される!英国王室御用達
英国磁器といえば、牛の骨灰を混ぜて作られるボーン・チャイナが有名ですが、ミントンによるボーン・チャイナは、時の女王ヴィクトリアに“世界で最も美しいボーン・チャイナ”と言わしめるほどの出来栄えを誇る女王のお墨付きということでも有名です。
出典:Wikipedia(ヴィクトリア女王)
そんなヴィクトリア女王の“ミントン愛“は、18歳で即位、20歳で結婚した彼女の若き女王時代にまでさかのぼります。
1840年、結婚後まもなくミントン工場を視察したヴィクトリア女王は、特別な結婚の記念品を注文しました。
それは鮮やかな紅色と金色に彩られ、古くから中国磁器に用いられてきた鳥の図柄が描かれた「エキゾチック・バード」と呼ばれる作品で、彼女はティーポット、カップとソーサー、シュガー、クリーマー、それにトレイまでひとそろいを注文したそうです。
出典:Amazon.ca(エキゾチック・バード)
即位して最初の命令は、“お茶を持ってきてください。それからお茶をゆっくり味わう時間も”というものだったという逸話が残るほど紅茶に関心の高いヴィクトリア女王…ミントン磁器の美しさはそんな彼女をもすっかり魅了してしまったようです。
その後、ヴィクトリア女王の最愛の夫アルバート公の指揮のもと開催された1851年、世界初のロンドン万国博覧会では、陶磁器部門を代表してヴィクトリア女王をエスコートするという大役をミントンが担当!さらに、出品した作品は銅メダルに輝きました。
銅メダルですから1位ではなかったものの、ヴィクトリア女王は“私の中ではミントンが一番だった”と日記に記すほどの賞賛ぶりだったそうです。
また、内覧会の際にはミントンのデザートサーヴィスを購入し、後にこれをオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世と皇妃エリザベートへ贈っています。
出典:Royal Collection Trust(オーストリア皇帝へ送られたミントンのデザート・サーヴィス)
出典:Royal Collection Trust(オーストリア皇帝へ送られたミントンのデザート・サーヴィス)
ヴィクトリア女王にとってミントンは外交上の贈り物にも自信を持って選ぶほどのお気に入りだったことは言うまでもありませんね。
なお、ミントンは1856年にヴィクトリア女王より王室御用達の称号を賜りました。
より多くの人々の食卓へ!名作「ハドンホール」誕生
ミントンといえば、貴族趣味と呼ばれる華麗な作風が有名で、豪華絢爛な装飾が得意。
その長い歴史の中で、大理石のような光沢を持つ「パリアン陶器」や、金を酸で腐敗させ模様をつける「アシッド・ゴールド」、金を盛り上げて細工をする「レイズド・ペイント・ゴールド」といった数々の発明を披露してきました。
中でもフランスから招いたルイ・ソロンによる「パテ・シュール・パテ」(pâte-sur-pâte、意味は“土の上に土“)は”食器装飾の最高の発明“と称されるほどで、ヴィクトリア女王のみならず上流階級の人々から愛され続けてきました。
出典:Wikipedia(ルイス・ソロンによるパテ・シュール・パテの作品、1909年頃)
一方、時は流れ、紅茶文化や室内装飾など、それまで上流階級特有のものであった楽しみが次第に中産階級の人々の手にも届くものとなってゆきます。
しかし、上流階級の人々が買い求めるような豪華な陶器は中産階級の人々の家庭にはそぐわなかったり、そもそも高価すぎて購入できなかったり…
そこで、ミントンはこうした人々のニーズにも合うよう、デザインを簡素化した作品や、金の装飾を抑えた製品を発表することで大衆的な人気も獲得してゆきました。
ちなみに、ヴィクトリア女王のお気に入りで有名なミントンは、上流階級だけでなく、中産階級の人々の間でもやはり憧れの存在であったのだとか!
そしてさらに時は流れ、第二次世界大戦が終結したころ、ミントンは、より幅広い人々から愛される名品を生み出します。
それが、今なおミントンの代名詞的存在として愛され続ける名作「ハドンホール」(Haddon Hall)です。
「ハドンホール」は、当時アートディレクターだったジョン・ワズワースが、ミントン窯近隣にある中世の古城、ハドンホール城の礼拝堂に残された壁画やタペストリーからインスピレーションを得て手がけたもの。
出典:Wikimedia(ハドンホール城のタペストリー、1400年代後半)
当時は、戦後の牛の栄養失調によってボーン・チャイナに欠かせない骨灰の品質が低下し、その仕上がりにも悪影響が出ていたため、それを隠すようなデザインが必要とされていました。
そうした厳しい時代背景もあって生まれたこのデザインは、パッションフラワー、カーネーション、パンジーといった色鮮やかで華やかな花々が全体に散りばめられ、戦後の傷ついた人々の心を癒す存在としても人気を博したのです。
いつか出会いたい!ミントンの名品コレクション3選!
1)ハドンホール
ミントンといえば!そんな代名詞となっているのが華やかな「ハドンホール」シリーズ。飽きのこない絵柄で食卓がパッと華やぐ同シリーズは、比較的入手しやすいのも魅力のミントンを代表する大人気シリーズです。
出典:Woburn Abbey(ハドンホール)
2)フォーシーズン・コレクション
移ろう四季を楽しむ日本人へミントンからの贈り物!日本限定で発表された「フォーシーズン・コレクション」は、春の「スプリング・ブロッサム」、夏の「サマー・ブーケ」、秋の「オータム・フェスティバル」、そして冬の「ウィンター・ハーベスト」と、思わずときめくようなネーミングにふさわしい四季折々の絵柄が楽しめます。
出典:replacements.com(スプリング・ブロッサム)
出典:etsy.com(サマー・ブーケ)
出典:chinasearch.co.uk(オータム・フェスティバル)
出典:chinasearch.co.uk(ウィンター・ハーベスト)
3)ヴィクトリア・ストロベリー
幼いころより絵を描くことが好きだったというヴィクトリア女王のスケッチを元にデザインされたといわれる「ヴィクトリア・ストロベリー」シリーズ。女王の名を冠した同シリーズには、可愛らしさの中にも優雅な気品が漂います。
出典:replacements.com(ヴィクトリア・ストロベリー)
いかがでしたでしょうか?
残念ながら、英国の老舗陶器ブランド界に大きな動きがあった2015年、ウェッジウッド、ロイヤルドルトン、ロイヤルアルバートがフィンランド企業フィスカースの傘下となったことを受け、ミントン窯の廃止が発表されました。
しかしながら、そのレガシーはまさに永遠。今後は希少性とその価値が上がる一方だともささやかれているのです。
「ヴィクトリア朝」と呼ばれる大英帝国の繁栄の時代を築いたヴィクトリア女王と共に歩んだ歴史を誇るミントンには、長年受け継がれてきた当時の輝きが今も変わらず宿っているかのよう。
ミントンの陶器はそのきらめきも併せて楽しみたいものですね!
参考資料
ヨーロッパ陶磁の旅物語 2 イギリス,フランス 浅岡 敬史/著(グラフィック社)
ヨーロッパやきものの本(旅のガイドムック)(近畿日本ツーリスト)
世界の陶芸史 エマニュエル・クーパー/著(日貿出版社)
西洋やきものの世界 -誕生から現代まで- 前田 正明/著(平凡社)
イギリス洋食器の旅 浅岡 敬史/写真・文(リブロポート)
図説英国美しい陶磁器の世界 -イギリス王室の御用達-(ふくろうの本) Cha Tea紅茶教室/著(河出書房新社)
すぐわかるヨーロッパ陶磁の見かた 大平 雅巳/著(東京美術)
ヨーロッパ陶磁名品図鑑 -華麗なるアンティークの世界へ- 前田 正明/監修・執筆(講談社)
わかりやすい西洋焼きもののみかた -ブランド・特徴・歴史・選び方が一目瞭然- メディアユニオン/企画編集(有楽出版社)
イギリス陶磁器紀行 :第2版 -華麗なる王室御用達の世界-(旅名人ブックス 77) 相原 恭子/文(日経BP企画)
西洋陶磁入門 -カラー版-(岩波新書 新赤版 1117)大平 雅巳/著(岩波書店)
図説英国ティーカップの歴史 :増補新装版 -紅茶でよみとくイギリス史-(ふくろうの本)Cha Tea紅茶教室/著(河出書房新社)
ヨーロッパ陶磁器の旅 イギリス篇(中公文庫) 浅岡 敬史/著(中央公論社)