ベトガーは金を作ることができる錬金術師!?
17世紀頃からオランダ東インド会社を通じ、ヨーロッパで大ブームとなっていた中国の景徳鎮や日本の伊万里といった東洋の白磁器。
出典:金沢市立中村記念美術館(明代15世紀の景徳鎮官窯の染付磁器)
艶やかに輝く純白が特徴のこうした硬質磁器は、当時のヨーロッパで作ることができなかったこともあり、金や宝石にも匹敵する宝物とされていたことから「白い金」と呼ばれたほど!
王侯貴族たちは夢中になってこうした磁器を買い集めていたようです。 中でも最も熱烈な収集家の一人とも言われたのがザクセン選帝侯とポーランド国王を兼任し「強健王」と呼ばれたアウグスト2世!
出典: Wikipedia (アウグスト2世)
18世紀初頭、アウグスト強王はこうした磁器をただ買い集めるだけでは飽き足らず、その謎に包まれた製法を解き明かし、自国で製造したいという野望を抱くように。
そんな彼の耳にある人物のうわさが飛び込んできます。 そのうわさの人物こそが"金を作ることができる"錬金術師を自称していたヨハン・フリードリヒ・ベトガー(Johann Friedrich Böttger、1682-1719)です。
出典:Wikipedia(ヨハン・フリードリヒ・ベトガー)
もともとプロイセンにいたというベトガーでしたが、このうわさをきっかけにプロイセン王フリードリヒ1世から過剰な期待をかけられるようになってしまい、ついには追われる身となってしまっていたのだそう…
出典: Wikipedia (フリードリヒ1世)
同じく期待を抱いたアウグスト強王に招かれることとなり、プロイセン王からは逃げ延びた彼でしたが、今度はアウグスト強王からうわさを証明するよう迫られてしまいます。
このときベトガーはなんと弱冠19才!
本当は金を作り出すことなど不可能な彼は、うわさをすり替える目的もあって、錬金術師から陶工へと職を変え、アウグスト強王の望み通り「白い金」を作り出す研究を不本意ながら始めることになります。
ところで、ベトガーが自称していたのは"金を作ることができる"という錬金術師でしたが…
そもそも当時研究されていた錬金術とは、"卑金属"と呼ばれる貴金属ではない金属を、化学の力で貴金属に変えるという術のほか、通称「賢者の石」と呼ばれる不老長寿の薬を作り出すといった研究もされていたようで、ベトガーももともとは薬剤の分野を学んでいたともいわれています。
出典:Wikipedia(『賢者の石を求める錬金術師』ライト・オブ・ダービー作、1771)
また、16世紀や17世紀頃の錬金術の研究の成果が後の自然科学や近代化学へとつながっていったとも言われますから、このことからも、彼が化学や薬学にまつわる幅広い学問に通じた人物であったと想像することができますね!
この当時、ヨーロッパでは長引く戦争によって財政危機に直面していた王たちも多く、この打開策として期待されていた錬金術は盛んに研究されていたのだそうで、アウグスト強王が"白い金"こと白磁器の製造や販売を目指したのも、こうした国の財政難が背景にあったともいわれています。
偉業を達成したベトガー!貢献したもう一人の人物とは?
アウグスト強王から東洋の白磁器の製法を解明するよう命じられたベトガーは、城に幽閉される身となり、日々監視のついた実験室で研究を繰り返す日々を送っていました。
何と言っても、ヨーロッパにいながら謎に包まれた東洋の秘密を解き明かすという前人未到の試みですから、その道のりは大変険しいもので、ベトガーは城から逃亡を図りますが、アウグスト強王にあえなく捕らえられてしまったという逸話もあります。
彼が逃亡したのは一度や二度ではなかったという話や、その度にアウグスト強王は軍隊を率いて捕らえたという話もあるほど!
そんな苦しい立場に置かれていたベトガーでしたが、彼の実験室には国内からあらゆる鉱山資源が集められたといい、ザクセンがこうした資源に恵まれた土地であったことは彼の研究の追い風となったようです。
ドイツ語で"鉱石"の意味を含む地下資源の豊富なエルツ山地には、アウエという鉱山があり、ベトガーはここで磁器の主要な原料となるカオリンを手に入れることができたのだそう!
出典:erzgebirge-gedachtgemacht.de (エルツ山地)
実験を続けていくうち、輝く白磁器を生み出すためにはこのカオリンや長石類が欠かせないことや、焼成には1350~1400度という高温が必要といったことを発見していきます。
そしてついに1709年、ようやく白磁器の焼成に成功!
ベトガーはヨーロッパで初めてその製法を発明するという偉業を成し遂げたのでした。
ところで、この功績、実はベトガーの監督官として協力したチルンハウス伯爵(Ehrenfried Walther von Tschirnhaus、1651-1708)の手助けも大きかったといわれています。
出典:Wikipedia(チルンハウス伯爵)
チルンハウス伯爵は、哲学者や数学者、物理学者といった様々な顔を持ち、同じく哲学者、数学者として知られるライプニッツら同時代の知識人と親交があったという大変博識のある人物!
彼の幅広い知識に基づいたアドバイスが、ベトガーの研究を成功へ導いたとされています。
この大発明における真の立役者がベトガーかチルンハウス伯爵かという議論はいまだに決着していないともいわれているようで…ベトガーと協力して研究してきたものの、この発明の直前にチルンハウス伯爵が死去してしまったため、ベトガーの功績として伝わったという説もあるそうです。
この発明がチルンハウス伯爵の功績だとする文献が残っているともいわれており、ベトガーが白磁器を焼成する数年前に、チルンハウス伯爵はすでにこれに成功していて、その磁器を、哲学者・数学者として有名で親交のあったライプニッツ(Gottfried Wilhelm Leibniz、1646-1716)の秘書に披露していたという驚きの逸話もあるのだとか!
出典:Wikipedia(ライプニッツ)
いずれにしてもこの輝かしい功績が、あきらめずに研究し続けたベトガーの努力と、そんな彼を支えたチルンハウス伯爵の心強いアドバイスの賜物であり、二人の尽力なしには成し得なかったということは言うまでもありませんね!
栄光と苦難の生涯
"金を作ることができる"という発言で過剰に注目を集めてしまったことが事の発端だとはいえ、幽閉され、錬金術師から陶工へと職まで変えて強王からのとんでもない要求に応えるべく、磁器の実験に明け暮れていたベトガー。
そんな彼もついに王の望んだ通りの大成功を収め、いよいよ解放!
と思いきや、残念ながらそうはなりません…
アウグスト強王にとって、せっかく発見した"白い金"の製法はまさに国家機密であり、これが国外に漏れてしまうことを恐れた彼はこの秘法を守り抜くことに躍起になっていました。
当初、王の居城があるドレスデンに王立ザクセン磁器工場が設立されましたが、強王は、ここより少し離れたマイセン地方にあるアルブレヒト城の方がこの貴重な秘技を守る場所としてふさわしいと考え、工場をアルブレヒト城内へ移すことにします。
出典: depositphotos.com (アルブレヒト城)
アルブレヒト城はエルベ川沿いに建っており、原料や製品の輸送手段としてエルベ川を有効に活用できることも大きかったようで、これ以降、1865年にトリービッシュタールに移されて今日に至るまでの間、150年以上にも渡って磁器製作所として使われることとなります。
そして、まさに彼自身の存在が国家機密といっても過言ではないベトガーが解放されるわけもなく、ここで引続き軟禁生活を送ることとなってしまうのです。
その後も、染付の複製という新たな課題に取り組んでいたというベトガーでしたが、ヨーロッパ初の白磁器を誕生させるという偉業からちょうど10年後にあたる1719年、37才という若さで亡くなります。
長年にわたり監視され、外出も許されずに王の命令という重圧にさらされ続けてきたベトガーは、そのストレスを紛らわすように酒に溺れていたといい、その上、実験で有毒物を吸い続ける生活…
晩年は視力も失っていたといわれ、その功績とは裏腹に苦難の中、短い生涯の幕を閉じました。
一方、アウグスト強王の努力もむなしく、白磁器の製法という当時誰もが知りたがるような究極の秘密が国外へ流出するのを完全に防ぐことはやはり難しかったようで、中にはマイセンの労働環境に不満を持つ優秀な技術者が引き抜かれて外国へ渡ってしまうこともあったようです。
しかしながら、1733年に強力な庇護者アウグスト強王が死去した後も発展を続けたマイセンが、今なお300年を超える歴史を誇る老舗ブランドとして愛され続けていることはご存知のとおり!
ヨーロッパにおける白磁器の歴史の出発点といえるベトガーの尽力と功績は、マイセンの歴史だけに限らず今後も語り継がれてゆくことでしょう。
幻の"ベトガー炻器"とは?
ところで、ベトガーは白磁器の製法を発明する直前、まず炻器という赤茶色の焼き物の焼成に成功しています。
この炻器はストーンウェアとも呼ばれ、その特徴的な色は鉄を含んだ茶褐色の土を原料としているためで、念願の白磁器の焼成に成功してからは作られなくなってしまいましたが、その記念碑的な存在から「ベトガー炻器」とも呼ばれています。
出典:マイセン日本公式サイト(ベドガー炻器)
この幻の「ベトガー炻器」、二十世紀に入ってから彫塑に向くことが改めて見直され、同じ製法で作られた動物彫像などが数多く登場するという奇跡の復活を果たしたのだそう!
美しい白い磁器はもちろん、この独特な赤茶色の炻器も、ベトガーの栄光と苦難の生涯に思いを馳せてみると、また違った魅力が見えてくるようですね!