約20年ぶりのヘレンド展では、日本初のモチーフも登場
2018年1月13日からパナソニック汐留ミュージアムで始まった「ヘレンド展 皇妃エリザベートが愛したハンガリーの名窯」に行って来ました。
2016年より日本各地を巡回してきた「ヘレンド展」の最後を飾る東京での開催です。
ヘレンド窯の作品が日本で紹介されるのはこれで3回目。
初回は1993年、名工の手によるマスターピースを中心に、2回目は2000年から2001年にかけてヘレンド窯とハプスブルク宮廷の関わりに焦点を当てた展覧会でした。
そして3度目となる今回は、繊細な絵付けの施された装飾用磁器や、美しい装飾の実用磁器を中心に、ヘレンド窯190年の歴史沿って精選されたおよそ230点が紹介されています。
特に今回は既に日本でもよく知られたヘレンド窯特有の文様と並んで、日本ではまだ未公開のモチーフにスポットを当てた作品が集められています。
後発のヘレンドが、ヨーロッパ王室御用達の名窯へ
1826年創設のヘレンドはヨーロッパ各地の名窯に比べると比較的遅い時期に磁器の制作をスタートさせました。実はそれがヘレンド成功のカギだったのです。
ヘレンドの名は当時各地で開催されていた万国博覧会でヨーロッパ中に広まりました。1845年ウィーンの万国博覧会に出品したヘレンドは、1848年には既に「王室御用達」の名窯へと成長しています。
その後、1851年のロンドン万国博覧会に出品したことにより、英国王室からも注文を受けるようになります。
後発のヘレンドがそこまで短期間に広く名声を馳せることが出来たのは、実はヘレンドが他社の倣製品製作に優れていたからだったのです。
「倣製品」と言うと聞こえが良くないですが、それはいわゆる“フェイク作品”ということではなく、その当時流行していた作品の特徴を取り込み、ヘレンド独自の作品に作り替えていくということです。
ヘレンドはまず、当時ヨーロッパ一の磁器窯だったマイセンの倣製品を注文生産することで実績を上げ、その後はヨーロッパの名だたる名窯の製品を巧みに模倣していったのです。
例えば、このホットチョコレートのセットに描かれた古代ギリシャ風のモチーフは、イタリアのドッチア窯(のちの、リチャード・ジノリ)が制作したものの模倣です。
出典: ヘレンド展公式サイト・カタログ(色絵金彩浮彫人物図ホットチョコレートセット、1871年、ハンガリー国立博物館蔵)
これらの作品は19世紀末まで製造され、万国博覧会にも出展されていることから、非常に人気の高かった作品の1つだと考えられます。
またヨーロッパの名窯の磁器だけでなく、当時人気の高かった中国の磁器をも模倣し、中国風のモチーフをふんだんに取り入れ、ヘレンドテイストに改良したいわゆる「シノワズリ」スタイルの磁器でヨーロッパ中の王・皇室を虜にしていきます。
例えば、1851年、第1回ロンドン万国博覧会に出品された作品が、ヴィクトリア女王の目にとまりウィンザー城のディナーウェアとして注文したことから「ヴィクトリア文様」と言われる牡丹や蝶を用いた文様は清朝時代の粉彩磁器や織物を髣髴とさせます。
出典: ヘレンド展公式サイト・カタログ(色絵金彩「ヴィクトリア」文ティーセットより皿、1850年頃、ヘレンド磁器美術館蔵)
また1867年フランツ・ヨーゼフ1世と皇妃エリザベートが、ハンガリー国王・王妃として戴冠式を挙げたことを記念し、ハンガリー国家が献上したゲデレー宮殿用ディナーウェアには「シーアン・ルージュ(西安の赤)」と呼ばれる東洋風の文様が使われています。
出典: Wikipedia (エリザベート皇后)
出典: ヘレンド展公式サイト・カタログ(色絵金彩「ゲデレー」文ティーセット、1875年頃、ブダペスト国立工芸美術館蔵)
他にもヘレンドの顧客の中にはフランスのナポレオン3世妃ウジェニーやロシアのアレクサンドル2世などもいました。会場ではヨーロッパ中の王・皇室が愛した華やかな作品を間近で見ることができます。
出典: Wikipedia (フランス皇后ウジェニー・ド・モンティジョ)
ヘレンドを特徴づける、シノワズリ<中国趣味>の装飾
今回の展覧会の見どころは、なんと言っても「シノワズリ」の装飾の作品です。
シノワズリ(chinoiserie)は17世紀後半から19世紀初頭にかけてのヨーロッパの美術に見られる中国趣味の装飾で、ロココ様式と融合して流行しました。
実はヘレンドほど多種多様な東洋風のモチーフを用いた窯は他にはありません。
ヘレンドは「西安の赤」に代表される独特な文様や、色彩や、カップの把手やお盆の支えに中国風の人物を付けた作品、を得意としていました。
出典: ヘレンド展公式サイト・カタログ(色絵金彩「皇帝」文コーヒーセット、1860年頃、ブダペスト国立工芸美術館蔵)
また、非常に高度な技術を必要とする透かし彫りの装飾で2重の器壁をもつウェールズ文は清の康熙帝の時代に制作され蜂の巣をモチーフとしています。
「ウェールズ文」は、フランツ=ヨーゼフ帝がイギリスのウェールズ公への贈り物としてヘレンドに注文したデザインといわれています。
出典: ヘレンド展公式サイト・カタログ(金彩「ウェールズ」文籠飾りビアマグ、1881年、ブダペスト国立工芸美術館蔵)
会場には他にも日本の柿右衛門や伊万里焼に影響を受けたと思われる作品も多数出展されています。
出典: ヘレンド展公式サイト・カタログ(色絵金彩「伊万里」様式人物飾り蓋容器、1860年頃、ブダペスト国立工芸美術館蔵)
他にも、展覧会終盤では20世紀国有化された時期の作品や著名な磁器デザイナーや彫刻家のデザインによるよりモダンな作品も展示されています。
出典: ヘレンド展公式サイト・カタログ(《花弁形鉢》アーコシュ・タマーシュ作、1990年、ブダペスト国立工芸美術館蔵)
展覧会は中国で皇帝の色とされる黄色をテーマカラーとしたシノワズリ装飾の「牡丹とアポニー・グリーン」シリーズを使ってお茶会をイメージしたテーブルセットで締めくくられています。(ここのみ撮影可)
出典: https://wabbey.net (牡丹とアポニー・グリーン」シリーズを使ったテーブルセット)
参考情報
ヘレンド展は2018年3月21日まで開催中(作品入れ替え有り)。
会期中にはパナソニック東京汐留ビル1階にてテーブル・コーディネイトの特別展示やティー・テイスティングなどの関連イベントも開催されています。