イギリス最古の陶磁器メーカーが、「クラウン」の栄誉を得るまで
ロイヤルクラウンダービー(Royal Crown Derby)は、イングランド中部の都市ダービー(Derby)の磁器会社です。
高品質のボーンチャイナが特に有名で、高級テーブルウェアと観賞用磁器を製造し続ける老舗磁器ブランドとしてその名を知られています。
出典: depositphotos.com (ダービー)
創業は1750年。現在も操業している窯としては、イギリス最古の陶磁器メーカーと言われています。
ロイヤルウースター(Royal Worcester)の創業が1751年ですので、わずか1年違いですが「イギリス最古」となり、また、ヨーロッパで最初に硬質磁器の製造に成功したマイセン(Meissen)が1710年、最も有名な陶磁器メーカーともいえるウェッジウッド(Wedgewood)が1759年に事業を開始したことを考えても、いかも長い伝統を誇る窯ですね。
そんなロイヤルクラウンダービーのはじまりは1745年、ユグノー(フランスでの新教徒)移民を父にもつアンドリュー・プランシェ(Andrew Planche、1727-1805)が、ダービーで製作した軟質磁器に起源をもちます。
彼は、造形と磁器製作の技術を、かつてマイセンで働いていた父親から教わった、と言われています。
出典: Wikipedia(「中国人の男と子供」アンドリュー・プランシェ作)
16世紀以降のフランスでは、カトリック(旧教)に対して改革を迫るユグノー(新教)とが長い期間争い、この間に迫害されたユグノーの多くがヨーロッパ各国へ逃れて、亡命先の経済発展に大きく貢献しましたが、アンドリュー・プランシェの父親もそんなユグノーのひとりだったのですね。
さて、1756年、チェルシー窯でも活躍していた有名絵付け師のウィリアム・ドゥーズベリ(William Duesbury)は、銀行家のジョン・ヒース(John Heath)と、この陶芸家アンドリュー・プランシェと共同で事業を開始し、ロイヤルクラウンダービーの前身となるダービー社を創業します。
しかし、ダービー社の設立後ほどなくして、アンドリュー・プランシェは会社を離れ、ロンドンで宝石職人となったり、劇団員となったり、といった人生をおくり、やがては銀行家ジョン・ヒースも会社を去り、最終的にはドゥーズベリ一人が会社を運営することになります。
一方で、優れた絵付師でありながら、才能ある起業家でもあったドゥーズベリは、可能な限り最高の造形師と絵付け師を雇い、ダービーの街を王粲用食器セットやオーナメントの主要生産地へと発展させていきました。
1770年にはロンドンのチェルシー磁器工房を取得、さらに1776年にはボウ磁器工房も手中におさめます。
既存の有名窯を買収し、移転可能なものはすべてダービーへ集約することで、ダービー社はブランド力をさらに高め王侯貴族の人気を集めます。
出典: Wikipedia (ハミルトン侯爵用に作成された85点のディナーセット、1780‐90年)
1773年には、ドゥーズベリの熱心な仕事ぶりが評判となり、英国王ジョージ3世の訪問を受け、ダービー社製品の裏印に王冠を描きこむ栄誉を賜ります。これによってダービー社は「クラウン・ダービー」と呼ばれることとなりました。
出典:Wikipedia(ジョージ3世)
まるでドラマのような紛争劇と、もうひとつの称号「ロイヤル」を獲得するまで
偉大な創業者ドゥーズベリが亡くなると、会社はその息子ドゥーズベリ2世が引継ぎます。
この息子も優秀な経営者であったようで、新しい型や釉薬を開発するなど会社の発展に貢献しますが、1797年、わずか34歳で早世していまいます。
その後、会社は共同経営者であったアイルランド人のマイケル・キーン(Michael Kean)が引き継ぎ、のちに創業者ドゥーズベリの未亡人と恋仲になり結婚。
しかし、熟練の職人たちとはそりが合わなかったようで、多くの優秀な職人たちが会社を去っていきました。
去って行った職人たちは、同じくダービーのキング・ストリートに工房を開き、同じ型、パターン、商標で、こだわりの手作り製品を生み出していきます。
一方、この経営の混乱により、本家のクラウン・ダービー社は財政難へ。
この窮地を救うべくリーダーシップを発揮したのが、ひとりのセールスマンで事務員であったロバート・ブルア(Robert Bloor)。
1815年、彼が経営を引き継ぐと、まずは彼の経営手腕で財政難を立て直します。
そして、製品に対する理解も深かった彼のもとで、その製品も豪華で色鮮やかなものへと広がりを見せます。
その代表格が、ヴィクトリア女王の治世における日本ブーム(ジャポネズリ、日本趣味)の波に巧みにとらえた、日本の伊万里焼にインスパイアされた“オールドイマリ”のシリーズ。
出典: Wikipedia (イマリ・プレート、19世紀)
名声を更に高めたクラウン・ダービー社は、1890年にヴィクトリア女王から「ロイヤル」の称号を賜り、その結果、二つの王室御用達の称号を冠する「ロイヤルクラウンダービー」となりました。
出典:Wikipedia(ヴィクトリア女王)
その後、1935年には、分派してたキング・ストリート工房を統合し、ふたつの工房がようやくもとの鞘におさまります。まさにロイヤルクラウンダービーの絶頂期ですね。
ロイヤルドルトンの傘下入り、スティーライトの傘下入りから、独立を果たすまで
その後も成長を続けたロイヤルクラウンダービーですが、20世紀半ばになると海外製品との競合などもあり、イギリス陶磁器メーカーによる連合「ピアーソン(S. Pearson and Son)」グループ入りをし、1964年、グループ内でロイヤルドルトン(Royal Doulton)の傘下となります。
2000年には、ロイヤルドルトンの元経営者ヒューゴ・ギブソン(Hugh Gibson)のもとでグループから離れ、独立を果たしますが、2013年に彼がリタイアするとともに、会社はストーク・オン・トレントに拠点を置き、イギリス製でありながら和風の食器を生み出す陶器製造会社「スティーライト(Steelite International)」、に売却されてしまいます。
しかし、2016年、ロイヤルクラウンダービー、そして、スティーライトの役員でもあったケビン・オークス(Kevin Oakes)のもとで、会社はふたたび独立を果たし、現在もなお、伝統と誇りを守った製品づくりを続けています。
ロイヤルクラウンダービーを代表する磁器のシリーズ
英国で唯一(おそらく、世界でも唯一)、「ロイヤル」と「クラウン」ふたつの王室御用達の称号を持つロイヤルクラウンダービー。
その気高さ、品質の高さは英国王室の折り紙付きです。遠い英国の地に思いを馳せつつ、王侯貴族のティータイムを体験してみてはいかがでしょう。
1)オールドイマリ(Old Imari)
19世紀初頭に日本の伊万里様式からインスパイアされて生まれたロングセラーシリーズです。
当時の王侯貴族の間では、遠い極東の地である日本の芸術品は大変人気がありました。
中国趣味のシノワズリに対して、ジャポネズリと呼ばれるこの流行を取り入れ、ダービー様式と融合させたデザインは、豪華な色合いと見事な金彩が目を引きます。
和洋折衷の英国式テーブルウェアの数々は現代でも愛され続ける、ロイヤルクラウンダービーを代表するシリーズのひとつです。
出典: ロイヤルクラウンダービー公式サイト(オールド・イマリ)
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2)ロイヤルアントワネット(Royal Antoinette)
ロイヤルアントワネットは、現在の英国君主エリザベス女王が週末を過ごすウィンザー城で使われているという、朝食用セットのシリーズ。
金で彩られた繊細で波打つシェイプと、愛らしい小花、ちりばめられた小さな星が優雅で美しいデザインです。
ティーカップの縁には柔らかな角があり、紅茶をいただく際の口当たりを計算された作りになっています。
細かな部分まで考え抜いて作られたロイヤルアントワネットは、ロイヤルクラウンダービーの誇り高い伝統を感じさせられます。
英国王室の一員になった気分でティータイムを楽しめる、非常に人気の高いシリーズです。
出典:ロイヤルクラウンダービー公式サイト (ロイヤル・アントワネット)
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3)ポジー(Posie)
ポジーとは、「花束」という意味です。
花束の中でも、ヴィクトリアン・ポジー(Victorian Posy)と言えば、ヴィクトリア女王の時代に流行したブーケスタイルで、真ん中にイギリスの国花であるバラをあしらい、その周囲を複数の異なる花でかこうデザインが特徴です。
出典:https://www.kmc.ac.uk/(ヴィクトリアン・ポジー)
こちらのシリーズは英国らしさをよく表現した親しみやすさが人気のシリーズです。丸くぽってりとした可愛らしいシェイプと、イギリス国民にとって最も馴染み深いバラのデザインが英国らしいといわれる由縁です。
家庭でのティータイムにも自然と溶け込み、英国式アフタヌーンティーに華を添えます。どこか懐かしさを感じさせるような、落ち着いた雰囲気が特徴的です。
出典: ロイヤルクラウンダービー日本公式サイト (ポジー)
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