出典:ニンフェンブルク本国公式サイト(カンバーランド)
ドイツの高級磁器ブランドというと、多くの人が思い浮かべるのは「マイセン」でしょう。しかし、ドイツには「7大名窯」と言われるすばらしい窯が他にもたくさんあります。
今回ご紹介したいのは、そのドイツ7大名窯の1つに数えられる「ニンフェンブルク」窯。18世紀創業のバイエルン王家ゆかりの由緒正しき窯です(ちなみに、他の6つは、マイセン、ヘキスト、ベルリン、フュルステンベルク、 フランケンタール、ルドヴィヒスブルク)。
このニンフェンブルク窯がすごいのは、伝統的な手法を今も徹底して守り抜いているところ。その卓越した技術が評価され、イギリスのエリザベス女王や日本の上皇ご夫妻など、世界の王室・皇室メンバーが訪問する窯でもあります。
今回は、ニンフェンブルク窯の歴史やこだわり、代表作などをどこよりも詳しく紹介します。徹底した「ものづくりの姿勢」に圧倒されますよ!
バイエルン王家の夏の離宮「ニンフェンブルク城」内に今も工房を構える
出典:Wikipedia(ニンフェンブルク磁器工房)
ニンフェンブルク(Porzellan Manufaktur Nymphenburg)窯は、1747年11月1日にドイツ南部の都市ミュンヘンにほど近い街ノイデックの城内で産声を上げました。
ザクセンを統治していたアウグスト強王がマイセンを作ったように、ニンフェンブルクもまた、バイエルン地方を統治していたヴィッテルスバッハ家の選帝侯マクシミリアン3世ヨーゼフによって設立されました。
出典:ニンフェンブルク本国公式サイト(マクシミリアン3世ヨーゼフ)
※マクシミリアン3世ヨーゼフ。ちなみに、妻はマイセンの創設者アウグスト強王の孫娘にあたるマリア・アンナ・ゾフィア。
ニンフェンブルク窯が誕生したころ、ヨーロッパでは磁器は「白い黄金」と呼ばれ、宝石などと同じように最高級品として扱われていました。磁器は自身の権力と芸術に対する造詣をアピールするよい材料だったのです。
ニンフェンブルク窯の設立当初は、莫大な投資をしたにもかかわらず磁器製造がうまくいかずに、マクシミリアン3世は磁器製造への関心を失いつつあったそうですが、設立から7年後の1754年、ついに磁器製造に成功します。
徐々にニンフェンブルク窯の高品質の磁器は国を超えて知られるようになり、その評判は遠くイタリアまでとどろいたそう。
工房の規模を拡大するため、1761年に「ニンフェンブルク城」内の一角に工房を移し、さらに発展していきました。
以来、約260年の時を超えた現在も変わらず、このニンフェンブルク城内で作品が生み出され続けています。
ニンフェンブルク窯のロゴマークは、バイエルン王「ヴィッテルスバッハ家」ゆかりの証
マクシミリアン3世の命により、1754年からニンフェンブルク窯で製造されたすべての作品に下記のロゴを入れることになりました。
出典:ニンフェンブルク本国公式サイト(ロゴマーク)
ひし形をモチーフとしたこのロゴは、ヴィッテルスバッハ家(Wittelsbach)の紋章の中心部にある模様をもとにしたもの。
この「白と青のひし形模様」は、現在もバイエルン州の大紋章の中央にほどこされていたり、
出典:Bayern International (バイエルン州の大紋章)
ミュンヘンのサッカーのクラブチーム「FCバイエルン・ミュンヘン(FC Bayern Munich)」のロゴにも使用されたりしています。
ヴィッテルスバッハ家が、バイエルン地方にいかに大きな影響を与えていたかが、ここからもわかりますね。
ニンフェンブルク窯のロゴマークは何度か変わりましたが、このひし形の模様だけは一貫してずっと使われています。
ロココスタイルのフィギュリンで有名な彫刻家「ブステリ」を輩出した窯
出典:ニンフェンブルク本国公式サイト(COMMEDIA DELL'ARTE)
ニンフェンブルク窯で忘れてはならない人物―それは彫刻家でもあり、造型家である「ブステリ」です。
彼は磁器製造に成功した直後の1754年11月3日にニンフェンブルク窯に入り、以降、1763年に40歳の若さで亡くなるまでの9年間に約150種ものすばらしいデザインを残しました。
ブステリの努力と才能により、優れたロココ調のフィギュリン(陶磁器で作られた人形)を形づくったことで、ニンフェンブルク窯の名はヨーロッパに知られるようになりました。
ブステリがデザインしたものは今なお、数多く製作が続けられていますが、最も有名なのは、1760年ごろに発表された「コンメディア・デッラルテ(Commedia dell'arte)」。
「コンメディア・デッラルテ(Commedia dell'arte)」とは、16~18世紀のヨーロッパで流行し、今なお世界各地で上演され続けているイタリア発祥の即興演劇で、ブステリはそれをモチーフにして16体からなるフィギュリンを製作しました。
出典:Wikipedia(16世紀ごろに描かれた、コンメディア・デッラルテ演劇の様子)
ブステリの作品の特徴は、上品な中にもウィットやエネルギーが感じられ、人々の感情がうまく表現されているところだと言われています。また、フィギュリンはどの角度から見ても楽しめるようにデザインされています。
出典:ニンフェンブルク本国公式サイト(COMMEDIA DELL'ARTE)
ブステリが生み出したこの傑作「コンメディア・デッラルテ」は、今もコレクターに人気の高いシリーズ。
最近では、工房設立260周年を記念して、現代の有名ファッションデザイナーたちがフィギュリンの服をリデザインした限定版が発売されました。
そのデザイナーのリストの中には、イギリスのデザイナー「ヴィヴィアン・ウエストウッド」や、イッセイ・ミヤケのクリエイティブ・ディレクターだった「滝沢直己」、自身の名前をブランド名に持つ「エマニュエル・ウンガロ」などそうそうたる顔ぶれが並びました。
現在も創設者マクシミリアン3世の血を引く「ヴィッテルスバッハ家」がサポートし、伝統を守り抜く
出典:ニンフェンブルク本国公式サイト(BAVARIAN LIONS)
270年以上にわたり、手仕事の伝統を守り続けてきたニンフェンブルク窯。
途中、第三者の手にわたって経営された時期もありましたが、現在は、創設家ヴィッテルスバッハ家の血を引く「ルイトポルト王子(Prince Luitpold of Bavaria)」がニンフェンブルク窯を引き継いでいます。
土作りから絵付まで、頑なに伝統の製法を守り続けるニンフェンブルク窯
ニンフェンブルク窯は、世界にも類を見ないほど、徹底的に「手仕事」にこだわって作品を生み出しています。昔ながらの磁器づくりにこだわる「最後の砦」といっても過言ではないでしょう。
その自信と誇りからか、ニンフェンブルク窯の本国公式サイトでは歴史や製法を事細かに解説したり、映像にしたりしています。
私はこれまで数々の窯の本国公式サイトを読み込んで記事を書いてきましたが、ニンフェンブルク窯ほどの情熱をもって一般の人にもわかりやすく書いている窯はないと感じています。
ここでは日本ではまだあまり知られていないニンフェンブルク窯の磁器の製造方法の特徴を6つにしぼって紹介します。ニンフェンブルク窯が磁器作りに真摯に向き合い続けていることがよくわかりますよ。
1)18世紀から今日までずっと、工房内を流れる小川の水車を使って発電!
今の時代に、それも大都市ミュンヘン近くで水力発電?と思いますが、本当です。
ニンフェンブルク窯では18世紀から今も変わらず、近くを流れる小川からの水力発電で工房内のろくろやミルなどの設備の電力をまかなっているそう。
ドイツは自然環境保護への意識が高い国ということもあるでしょうが、水力発電は「簡単に電力を供給でき、維持も簡単」というのが理由の1つとのこと。
しかし、水力発電を使い続ける一番の理由は「伝統を守り続ける、正真正銘のハンドメイド磁器」という特徴を失いたくないからとのこと。
水力発電は伝統と高いクオリティへの「誓い」のようなものだといいます。
2)磁器土づくりだけで2~3年!代々受け継がれる原材料の配合レシピで独自に土づくり
ニンフェンブルク窯の磁器作りは白磁の生地となる磁器土作りから始まります。
半製品の磁器土(途中まで作られた既製品の磁器土)を使う窯が多い中、ニンフェンブルク窯ではそれは決して使わず、磁器の材料となるカオリンや長石などを独自の比率で配合したオリジナルの磁器土を作っています。
これは実はとても手間のかかること。原料の配合から製品が完成するまでになんと約3年もの時間がかかるのです!土は練られてから一定期間、寝かせる必要があるためです。
途方もない時間と手間をかけて土を作るのは、まぎれもなく質の高い「本物」を作るため。秘伝の配合レシピで作られた磁器土は強度がありながら、透明感のある磁器になると言います。
3)繊細な部分をより表現できるように、あえて時間のかかる「ろくろ」を使用
現在、他の窯ではあまり行われていませんが、ニンフェンブルク窯では今も昔と同じようにろくろをまわしてすべての作品を作っています。
時間はかかるけれど、高いクオリティでより繊細に表現するためにはろくろがよい、というのがその理由。
すべての製品にはニンフェンブルク窯のロゴマークと陶工のイニシャルが押されます。
4)緑色1つとっても約300種類の色調が!創業当時の色も再現できる自前の「ペイント・ラボ」
ニンフェンブルク窯は、絵の具の調合をする自前の「ペイント・ラボ」を創業当時から持っています。
ここには15000種を超えるオリジナルの絵の具の配合表があり、緑色1つをとっても300種類のグラデーションがあるというから驚きです。
土づくりと同じように、他で調達された絵の具は使用せず、必要な色は「ペイント・ラボ」で調合します。
5)世界で最も複雑な花柄の絵付は1枚の皿に3週間もの時間が!妥協を許さない絵付
出典:ニンフェンブルク本国公式サイト(カンバーランド)
ニンフェンブルク窯の磁器の特徴は、透明で強固な磁器の素地だけではありません。その絵付の技術も高く評価されています。
転写などの技術を使う窯もありますが、ニンフェンブルク窯では決して使用しません。絵付師の技が光る唯一無二の作品だからこそ、コレクターの興味を刺激し続けるのです。
世界で最も複雑な花柄と言われる「カンバーランド」シリーズ(上記写真)の絵付は、1枚の皿を完成させるのになんと3週間もの時間を要すると言います。
また、ニンフェンブルク窯の絵付師はテンプレート(ひな形)なしで絵付します。だから、ニンフェンブルク窯では一人前の絵付師として仕事を請け負うには15年はかかるとのこと。
また、必要なスキルや知識は次の世代に口承で伝えられるそう。これは絵付技術の流出を防ぐ目的もあるでしょうが、世代から次の世代へ代々、実践をふまえて技術が手渡されていくのでしょう。
若いときに見習いとして入社した人は生涯、ニンフェンブルク窯で働き続けることが多いそうです。
6)ニンフェンブルク窯だからできる!廃盤シリーズも2,3個からオーダーできる
ヨーロッパでは母から娘へ、娘から孫へと食器を受け継ぐ習慣があります。しかし、使っている途中で割れたり、ヒビが入ったりすることはよくあるもの。
こういうとき困るのは、すでに廃盤になっていて補充できないこと。
しかし、ニンフェンブルク窯の食器ならその心配はありません。数十年間、生産されていないものでも、2,3個からオーダーすることが可能なのです!
それは20000以上のデザインのアーカイブや、絵付の技術があるからできること。他の窯ではなかなか成しえないことも、ニンフェンブルク窯は可能にしてしまうのです。
このように、愚直に伝統を守り貫く姿勢が人々の興味関心を高め、世界の王室・皇室メンバーなどが続々とニンフェンブルク窯を訪問しています。
古くは1965年にイギリスのエリザベス女王、1993年に日本から上皇ご夫妻、2006年にローマ教皇ベネディクト16世、最近では2014年にブータン王妃などがニンフェンブルク窯を訪れています。
美しさにため息がもれる!ニンフェンブルク窯の代表作5選
出典:ニンフェンブルク本国公式サイト(パール)
ニンフェンブルク窯は、歴史的なシリーズだけではく、モダンな「コンテンポラリー・デザイン」のものも製作しています。
また、食器だけではなく、テーブルを彩るオブジェやや花瓶、フィギュリンやジュエリーなども幅広く手掛けています。
歴史ある老舗の窯として、伝統を守り続けるだけでなく、新たな時代にふさわしいデザインにも積極的にチャレンジしているのです。
今回はその中からニンフェンブルク窯の「代表作」や「窯のよさがわかる逸品」を5種類に分けて紹介します。
1)選帝侯のために作られた食器「カンバーランド」シリーズ(Cumberland)
出典:ニンフェンブルク本国公式サイト(カンバーランド)
色鮮やかな花や蝶が描かれ、金色で縁取りされた豪華なロココスタイルの「カンバーランド(Cumberland)」シリーズは、1765年ごろに選帝侯のための食器セットとしてデザインされました。
その後、一時期は選帝侯のための食器セットは別のものに置き換えられていましたが、1913年に再び、このデザインが脚光を浴びることになりました。カンバーランド侯爵の息子の結婚式の食器セットとして復刻されたのです。
前述したように、この「カンバーランド」シリーズは、世界で最も複雑で手のこんだ絵柄と言われ、1枚の皿の絵付けが完成するのに約3週間もかかります。
まさに芸術品と呼ぶにふさわしい作品ですね。
シリーズの中には、皿やスープカップ、チュリーン(温かいスープなどを入れておく蓋つきの容器:「カンバーランド」シリーズ冒頭の写真)のほか、ティーカップ&ソーサーもあります。
出典:ニンフェンブルク本国公式サイト(カンバーランド)
2)王の風格を漂わせる「ロイヤル・バーヴァリアン・サービス」(Royal Bavarian Service)
出典:ニンフェンブルク本国公式サイト(ロイヤル・バーヴァリアン・サービス)
セピア色の風景画と青と金のコンビネーションが格式高い「ロイヤル・バーヴァリアン・サービス(Royal Bavarian Service)」シリーズ。名称を日本語に意訳すると、「バイエルン王室の食器セット」といったところでしょうか。
堂々とした風格が印象的ですね。セピア色の風景画は、城をモチーフ、幻想的な風景をモチーフにしたものなどさまざまな種類があります。
出典:ニンフェンブルク本国公式サイト(ロイヤル・バーヴァリアン・サービス)
3)真珠をモチーフとしたロココ調デザインが上品な「パール」(Pearl)
出典:ニンフェンブルク本国公式サイト(パール)
これはルイ16世スタイルの食器セット「パール(Pearl)」シリーズ。食器の縁にそって施された真珠がその名前の由来です。ロココ調に特徴的なアカンサスの葉が大胆にあしらわれ、洗練された印象を醸し出しています。
また、このシリーズはヨーロッパの磁器の中で初めて12角形のシェイプをもとにして作られた珍しい逸品です。
このパールシリーズは、色の種類も豊富。白、青、黄、緑、黒のほか、白地をベースにして縁に金やプラチナがほどこされたものもあります。
出典:ニンフェンブルク本国公式サイト(パール)
4)磁器の花、ナイフレスト、ワインストッパー・・・テーブルを彩るアイテムたち
出典:ニンフェンブルク本国公式サイト(テーブル・フラワー)
ニンフェンブルク窯には食器だけでなく、テーブルを飾るさまざまなアイテムがあります。まず始めに紹介したいのが「テーブル・フラワー」。
実は18世紀のロココ調の絶頂期は、テーブルに生花を活けることはタブーとされたそう。その理由は花がしおれるかもしれないし、花の香りが食事を邪魔するかもしれないというのが理由だったとか。
だから、テーブルを彩るためにカンバーランドシリーズのように、鮮やかな花が食器に描かれたり、テーブル・フラワーのようなものが生まれたりしたとのこと。
このテーブル・フラワーは美しいだけでなく、枯れないのでずっと使えるところもいいですよね。もちろん、花びら1枚1枚から職人が手作りします。磁器の白さを生かしたものだけでなく、鮮やかな色の花もあります。
出典:ニンフェンブルク本国公式サイト(テーブル・フラワー)
また、テーブルを華やかにするアイテムはまだまだありますよ。鹿の角をモチーフにした「ナイフレスト」や
出典:ニンフェンブルク本国公式サイト(ナイフレスト)
紳士、淑女、道化役などの顔の表情が豊かなブステリ作の「ワインストッパー」などテーブルでの会話が弾みそうなアイテムがたくさんあります。
出典:ニンフェンブルク本国公式サイト(ワインストッパー)
5)遊び心がある動物のフィギュリンたち
出典:ニンフェンブルク本国公式サイト(ビッグ・ファイブ)
人間をかたどったブステリのフィギュリンもすばらしいですが、ここでは動物をメインに取り上げます。
最初に紹介するのは、動物のはく製のような形をした5体の動物のフィギュリン「ビッグ・ファイブ(Big Five)」。鹿のはく製はヨーロッパで見かけることがありますが、ゾウやサイ、ネコ、ブタ・・・?
普段、はく製にはならない動物がフィギュリンになっているところがおもしろいですね!
また、「サファリ(Safari)」シリーズとして大型のネコ科動物シリーズ(下記写真)もヒョウのイキイキとした表情や動きに驚かされます。
出典:ニンフェンブルク本国公式サイト(サファリ)
また、フィギュリンとプレートが合体したおもしろい作品も。「アニマル・ボウル(Animal Bowl)」というシリーズは、うさぎやキツネ、鹿などのフィギュリンが乗っていて、もちろん、食器としても小物入れとしても使えそうです。
出典:ニンフェンブルク本国公式サイト(アニマル・ボウル)
いかがでしたか?
ニンフェンブルク窯は、一つひとつ手作りされていることもあり、世界的にも流通量が少ないと言われています。
現在は日本での取扱量も、日本語での情報も少ないのが現状です。ニンフェンブルク窯のほかの作品も見てみたいという方は、ぜひ本国サイトをチェックしてみてくださいね!
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