出典:Wikipedia(セーヴル磁器の花瓶)
ヨーロッパで歴史が古い高級食器ブランドといえば、ドイツの「マイセン」やイギリスの「ウェッジウッド」を思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれませんね。
しかし、この2つに並んで超一流の窯がフランスにもあるのをご存知ですか?
その名は「セーヴル」。
食器が好きでも初めて耳にする方もいらっしゃるかもしれません。それもそのはず。大量生産はしない窯で、作品自体がかなり希少な逸品だからです。日本の百貨店などではまずお目にかかることはできません。
「セーヴル」は、あのポンパドゥール夫人や王妃マリー・アントワネット、さらには皇帝ナポレオンにも愛され、フランスの宮廷文化を彩ってきた由緒正しき窯。
今日は、洋食器の歴史を語るうえでは欠かせない「セーヴル」の歴史や特徴について紹介します。
マンガ「ベルサイユのばら」などフランスの宮廷文化や女性的なロココ調デザインがお好きな方、必見ですよ!
ルイ15世の公妾ポンパドゥール夫人の庇護を受けて、フランス王室御用達窯になったセーヴル
フランスの王室御用達窯として名を馳せ、ヨーロッパ磁器の最高峰のひとつとして、約300年の歴史を誇る「セーヴル(Sèvres)」。
時代の荒波の中でも華麗にそして、しなやかに生き抜いてきたセーヴルにはどんな歴史があるのでしょうか。
セーヴルは、1740年ごろにフランス・ヴァンセンヌ城内に設立されたヴァンセンヌ窯がその始まりです。
当時の国王ルイ15世は美術や学問を愛する王。その寵愛を一身に受けていたのがルイ15世の公妾ポンパドゥール夫人。
出典:Wikipedia(ポンパドゥール夫人)
国王と同様、芸術に対して造詣が深く、よき理解者だったポンパドゥール夫人は建築やインテリア、家具や宝飾、磁器など多岐にわたる分野に関心をもち、積極的に支援していきました。
中でもこのヴァンセンヌ窯の磁器に情熱と関心をもち、デザインだけでなく、経営にもかかわっていました。
ところで、このヴァンセンヌ窯はどんな作品を作っていたと思いますか?
このヴァンセンヌ窯はフランス陶磁器の歴史に残るものを生み出していますが、中でもひときわ目を引くのが1752年に作られた磁器製の花(下記写真)!
出典:The Royal Collection Trust (The Sunflower clock c. 1752)
花器だけなく、もちろん花びらも磁器製です!
生花さながらの繊細で可憐な花々を生み出す技術と美的センスがあるのだから、ポンパドゥール夫人が魅了されるのもうなずけます。
磁器への情熱が高まるあまり、ポンパドゥール夫人は1756年、このヴァンセンヌ窯を自身が気に入っていた館ベルビューの近くの街「セーヴル」に移転します。
出典:Wikipedia(セーヴル工房、1817年)
出典:http://sevres-92310.fr/(セーヴル工房、1875年)
これをきっかけとして、さらにポンパドゥール夫人の美意識を反映したものになり、デザインが洗練されていきました。
そして同じ頃、フランスの王室御用達窯となり、フランス国内では他の窯での磁器製造が禁止され、その地位を不動のものにしていったのです。
至高の名窯セーヴルの「ここがすごい!」4選
出典:Wikipedia(セーヴル磁器)
1)絵画を見ているかのような、鮮やかで美しい色彩
セーヴルが他の磁器窯より突出しているのは、一流の科学者や芸術家たちがよりリアルな絵画表現のために開発したその「エナメル彩色」にあります。中でも有名なのが以下の5つの色。
「国王の青(ブリュ・ド・ロワ、Bleu de roi)」と呼ばれる「濃紺色」
気品に満ちた青、セーヴルで最も有名な色です。
出典:セーヴル国立陶磁器美術館
「ポンパドゥールの薔薇(ポンパドゥール・ピンク)」という異名をもつ「ローズ・ピンク」
下記のポプリ壺は、ロココの神髄といった美しさですね!
「空の青」と呼ばれる「トルコ・ブルー」
このブルーもポンパドゥール夫人が好んだと言われる色です。ちなみに、下の写真は、ロシアのエカテリーナ2世が愛用したとされるカメオ・サービスの皿。
出典:https://www.christies.com/(セーヴル磁器、カメオ・サービス)
色鮮やかな「エンドウ豆の緑」
淡すぎず、ヴィヴィッドすぎず、絶妙な上品さを醸しだす「ピー・グリーン」です。
出典:セーヴル国立陶磁器美術館
黄水仙の「黄色」
ヨーロッパの寒い冬に可憐に咲く「黄水仙」のように、目の覚めるような鮮やかな黄色です。
2)マイセンをしのぐ、ヨーロッパ陶磁器界の「おしゃれ番長」にした「窓絵」の意匠
セーヴルは、実は18世紀後半のヨーロッパにおける陶磁器界のモードをけん引したと誉れ高い窯なのです!ザクセン公国を巻き込んだ7年戦争の影響により、一時期、勢いが衰えてしまったマイセン。
それに代わって、台頭したのがセーヴルだったのです。
出典:セーヴル国立陶磁器美術館
そのきっかけとなったのが、陶磁器に白地の窓を抜いて、その窓の中に花や鳥、人物像などをあしらった「窓絵」という意匠(上記写真)。これはヨーロッパの他の窯もこぞって真似をして流行しました。
3)優美なロココ調だけじゃない!その時代のニーズに合わせてしなやかにテイストを変える柔軟さ
300年近い歴史をもつセーヴル。歴史と伝統にのっとり、ここまで見てきたような女性的なロココ調の陶磁器をずっと作っているかといえば、決してそうではありません。その時々に求められるものを丁寧に作ってきました。
優美なデザインが多かったポンパドゥール夫人や王妃マリー・アントワネットがいたセーヴル黄金時代を経て、やがて世はフランス革命へ突入。
富の象徴だったセーヴル窯は破壊され、閉鎖を余儀なくされました。しかし、まもなく、セーヴルに救世主が現れました。ナポレオン1世です。
出典:Wikipedia( ナポレオン・ボナパルト)
彼はセーヴルを国有化し、ナポレオンが好む重厚なデザインのものを作らせ始めました。皇帝(Empire)であることにちなんで「アンピール様式」「帝政様式」と呼ばれるデザインです。
出典: https://www.goantiques.com/
金彩がまばゆく力強い「新古典主義」の作風が特徴です。女性的なロココ調に対して、男性的なデザインですよね。
その後、19世紀末にはアール・ヌーヴォーや、アール・デコ調の作品が生まれ、さらに20世紀初頭には、それまで外国人に門戸を開くことのなかったセーヴルが海外の芸術家を招聘してコラボレーションする活動を開始。
海外からの招聘第一号となった人物はなんと、日本人!
「日本陶彫界の父」と呼ばれる沼田一雅さんです。当時はまだ海外留学がとても珍しかった時代。セーヴルで学んだ技術を日本に持ち帰って、陶磁器彫刻界の礎を築きました。
日本人アーティストやデザイナーとの交流はさらに続きます。2000年代に入ると、なんと日本を代表する現代アーティスト「草間彌生」さんともコラボしたというから驚きです!
出典:Wikipedia(草間彌生)
古い伝統や歴史にとらわれず、時代に合わせ、時代を先読みして柔軟に、そしてしなやかに取り組む姿勢は見習いたいものですよね。
4)量産品は作らない!フランス国家や外国への贈り物のための注文がほとんどで希少価値の高い逸品たち
出典:セーヴル国立陶磁器美術館
その昔、ヨーロッパの王室御用達だった窯でも、現在は私たちでも購入できるブランドはたくさんあります。
しかし、セーヴルは違います!
セーヴルは、現在もなかなか私たちの手には届きにくい窯なのです。
その理由は、現在、セーヴルはフランスの国有窯として特別なセレモニーなど国家に収めるため、また外国への贈り物などに使うための注文がほとんどだから。
完成に多くの時間と手間を要するので、年間生産数も約6000ピースほどと言われ、市場に出回ることが少ないのです。その希少価値の高さからセーヴルの贋作も多いとか。ご注意ください!
出典:セーヴル国立陶磁器美術館
いかがでしたか?
セーヴルは日本ではなかなかお目にかかれない逸品です。
でも、フランスに行けば直接見ることができますよ!セーヴルの街には、約5万点の陶磁器を収集する国立の陶磁器博物館があるのです。
出典:セーヴル国立陶磁器美術館
ここはセーヴルの作品はもちろん、古代ギリシャから中世ヨーロッパ、中東や中国、日本など古今東西の陶磁器を結集した、見ごたえ抜群の博物館です。
そして、実はセーヴルの街はパリとベルサイユ宮殿のラインを結ぶ中間にあり、比較的アクセスがよい場所にあります。ベルサイユ宮殿に観光に行った帰りなどにぜひ、立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
また、セーヴルのことがもっと知りたい!と思った方は、当サイトの「ポンパドゥール夫人」や「王妃マリー・アントワネット」の記事を読むともっとフランス貴婦人の世界に浸ることができて楽しいですよ!ぜひ、ご覧くださいね。
参考資料
「すぐわかる ヨーロッパ陶磁の見かた」(東京美術)
「西洋陶磁入門」(岩波書店)
「欧州陶磁紀行」(世界文化社)
「世界やきもの史」(美術出版社)
「NHK美の壺―洋食器」(NHK出版)