2017年11月22日より、六本木のサントリー美術館開館10周年記念、「フランス宮廷の磁器セーヴル、創造の300年」が始まったので、早速行ってきました!
今回はその見どころなどをご紹介したいと思います。
会場は「18世紀」、「19世紀」、「20世紀」、そして「現代」の4部構成になっていて、およそ300年のセーヴルの歴史を時間軸に沿って鑑賞することができます。
第1章 18世紀のセーヴル:王妃たちを虜にした磁器
初めの作品はこちら、「マリー・アントワネットのための乳房のボウル」です。
最初からちょっと驚いてしまいました。色も形もとてもリアルなこの乳房は、なんと「マリー・アントワネットの胸から型を取った!?」、なんていう驚くべき噂もあります。
でも、どうやらそれは間違いで、実際には古代の「マストス」(ギリシャの酒宴で使われた乳房型の飲用の杯)に着想を得たものであったようです。
出典:「フランス宮廷の磁器セーヴル、創造の300年」図録(マリー・アントワネットのための乳房のボウル)
まるで本物の肌のような色付けや高度な装飾から、当時のセーヴルの技術の高さがうかがえます。
乳房型の器が雄山羊の頭の上に乗り、足の部分の三脚には山羊の爪まで付いています。
このボウルは王妃が酪農場で遊ぶ際、ミルクを飲むために作られたとされていますが、なんて贅沢なのでしょう!
贅沢と言えば、こちらも気品あふれる美女のために作られた作品です。
セーヴルは1740年頃パリ東部のヴァンセンヌ城内に開かれた磁器工場に始まります。
この磁器工場が王立の磁器工場になったのは、ルイ15世の愛人としても名高いポンパドゥール夫人のおかげだと言われています。
出典:「フランス宮廷の磁器セーヴル、創造の300年」図録(ポンパドゥールの壺)
1756年、パリとヴェルサイユ宮殿の中間にあるセーヴルに工場が移転されます。
そこはポンパドゥール夫人の居館にも近く、作品には彼女の美意識や趣味が強く反映されたものが多く作られるようになりました。
中でもこのきわめて珍しい紫色の器は「ポンパドゥールの壺」として製作された当時から知られているポプリ壺です。
夫人はムスク(麝香)やバラといった強い香りを好んだと言われています。この器の中にもそういった花や香水などを入れていたのでしょうか?
地の紫色は、セーヴルでも非常に珍しく、さらにこの壺には金で細かいバラの花綱が描かれています。まさに王家の磁器の名にふさわしい、傑作です。
この時期には、たくさんのポプリ壺が作られています。これは「ポプリ・エベール」という壺で、本来は蓋がついていました。
この壺は1756年ジャン=クロード・デュプレシによってデザインされ、1760年代の終わりまで製作されていました。
鮮やかな地の緑は、ヴァンセンヌ時代にすでに現れていた色で、そこに多彩な色で子供や鳥や花などが描かれました。
出典:「フランス宮廷の磁器セーヴル、創造の300年」図録(ポプリ・エベール)
またこちらの「墓石形の花器」には非常に珍しいピンクが使われています。
ピンクの地色はコストが高いうえ、完璧な色を出すのが難しいことから1757年からたったの3年間しか製作されていません。
実はこれもポンパドゥール夫人の好みを強く反映したもので、バラをこよなく愛した彼女にちなんで「ローズ・ポンパドゥール」と呼ばれています。
出典:「フランス宮廷の磁器セーヴル、創造の300年」図録(墓石形の花器)
この他にも18世紀の宮廷人を熱狂させた食器のセット、壺、テーブル飾り(センターピース)などが、並んでいます。
第2章 19世紀のセーヴル:ナポレオンに愛されたセーヴル
1789年に起こったフランス革命の影響で、一時期ほとんど操業停止となったセーヴルの“王立”磁器工場は、ナポレオンの台頭で息を吹き返し、19世紀には黄金期を迎えます。
それは1800年から1847年までの間、所長を務めたアレクサンドル・ブロンニャール(1770-1847)の功績が大きかったようです。
ブロンニュールは鉱山技術者であると同時に鉱物学、地質学、動物学の研究者でした。
所長に就任して数年で、器の形と装飾を一新し、あらゆる素材、産地、時代のものからアイデアを得ることによって、1824年世界最初の陶磁とガラス芸術専門の美術館を作り、1876年製作所と美術館は現在に地に移転しました。
ブロンニュールの提案した新しい技術の中でも、特に銅板による金彩装飾転写技術は、ナポレオンの要求を満たすのに最適でした。
この「将校デュプレシの戦闘と死」のデザート皿は、ナポレオンがエジプト遠征から帰還したあとにセーヴルで製作された72枚のデザート用の食器セット<エジプトのセルヴィス>の1枚です。
この食器セットは1802年に出版されたドミニク=ヴィヴァン・ドゥノンの著作「上下エジプト紀行」に描かれた図版集がモデルになっていて、ナポレオンの要請で1808年から1812年の間に2セットが作られました。
出典:「フランス宮廷の磁器セーヴル、創造の300年」図録(将校デュプレシの戦闘と死)
またこの時期はステンドグラスや七宝のような新しい支持体も現れ、新しい分野への発展も見られました。これは七宝で作られた大杯です。
1845年リムーザン(中央フランスのリモージュ地方)のような七宝作品を作る目的でセーヴルにも七宝の工房が創設されました。
出典:「フランス宮廷の磁器セーヴル、創造の300年」図録(七宝で作られた大杯)
セーヴルの七宝作品はこのような黒や濃紺の暗い地色の上に色鮮やかな装飾を施したものが多いです。
それからこの作品のテーマは当時非常に人気があったのでしょう、先日の「遥かなるルネサンス展」にも同じテーマの作品が出展されていましたが、ローマのファルネジーナ宮に描かれたラファエロのフレスコ画から着想を得た<ネレイスとトリトンとイルカ>です。
他にもブロンニャールの広範囲な学問分野にまたがる知識と優れた技術が結集した食器セットや壺など非常に見応えがあります。
第3章 20世紀のセーヴル:世界に開かれたセーヴル
このフロアーだけ写真撮影が許されています。
見どころはなんと言っても「ビスキュイ」のテーブルセンターです。
釉薬を使わない素焼きの白磁「ビスキュイ」をセーヴルは得意としていました。
これはアガトン・レオナール(1841-1923)が製作したテーブルセンターピース「スカーフダンス」で、15体のダンサーで構成されたビスキュイの彫刻群像は、1900年に開催されたパリの万国博覧会で絶賛されました。
出典:https://wabbey.net(スカーフダンス)
出典:https://wabbey.net(スカーフダンス)
またこの時期万国博覧会において、日本や中国の陶磁器や美術工芸品が多数出展されたことで、ジャポニズムと呼ばれる現象が起こり、ヨーロッパの美術・工芸分野は非常に大きな影響を受けました。
例えば1889年の万国博覧会で「完璧な傑作」と称賛されたジュール・アベール=ディスの「輪花形のセルヴィス」の皿には、日本美術の影響が見られます。
出典:https://wabbey.net(輪花形のセルヴィス)
そして1904年、それまで外国人に門戸を開いたことがなかったセーヴルは外国人初の「協力芸術家」として日本人彫刻家の沼田一雅(ぬまた いちが)を受け入れました。
沼田一雅の製作した着物で、日本髪を結った女性像はピエール・ロティ(1850-1923)が1887年に書いた海軍将校のエキゾチックな愛を描いた「お菊さん」と同じ名前をしています。
この小説「お菊さん」は1904年にジョコモ・プッチーニが制作したオペラ「蝶々夫人」の元になっているとも言われています。
出典:https://wabbey.net(お菊さん)
第4章 現代のセーヴル:現代芸術家とのコラボレーション
1960年代以降セーヴル製作所は、歴代の名品の復刻を続ける一方で、現代の著名な芸術家を招き、さらに魅力的な磁器を生み出してきました。
ここではなんと言っても草間彌生の作品が目を引きます。 <ゴールデン・スピリット>です。
これは頭が逆立ち、全身を金で覆われ、キュクロプスの一つ目を持つ交雑動物で、色の付いたビスキュイです。
2005年、パリのギャラリーと共同でシリアルナンバー付きで18点が製造されました。
出典:https://wabbey.net(ゴールデン・スピリット)
出典:https://wabbey.net(ゴールデン・スピリット)
他にも相撲好きなシラク大統領が2000年にフランス人抽象画家で、フランスで最も偉大な芸術家の1人、ピエール・スラ―ジュに依頼した「フランス共和国大統領ジャック・シラク杯」の壺など珍しい作品もあります。
この壺は、日仏の友好のしるしとして、シラク大統領の在位中の7年間は毎場所フランス大使から力士に渡されていました。
現在「シラク杯」の授受は行われておらず、杯は東京のフランス大使館に保管されています。今回はその杯が会場に展示されています。
出典:朝日新聞2000年7月20日(「シラク杯」を時津風理事長に手渡すシラク大統領)
ちなみに現在は2011年より「日仏友好杯」として優勝力士には巨大なマカロンが土俵の上で渡されていて、その様子が話題となっているようです。
実はこのマカロン、震災後の日本に明るい話題を提供するために考えられた副賞だったそうです。
直径41㎝、厚さ23㎝もあるこのビックマカロンは、食べることはできないのですが、力士にはこれとは別に、世界的に有名な菓子職人ピエール・エルメが作った、金箔で覆われた“食べられる”「黄金のマカロン」が贈られるそうです。
他にもこのフロアーには建築・彫刻・絵画・デザインなど各分野の第一線で現在も活躍中の芸術家の斬新な発想で製作された作品が展示されています。
国立セーヴル磁器製作所と国立セーヴル陶磁美術館は2010年に統合され「セーヴル陶磁都市」となりました。今回はその「セーヴル陶磁都市」が所有する膨大な数の作品の中から、選りすぐりの約130点が出展され、300年に及ぶセーヴルの歴史を知る貴重な機会となっています。
国立セーヴル磁器美術館のコレクションが日本にやって来たのはまさに20年ぶりのことで、これだけの作品を日本で一堂に見られるチャンスはなかなかありません。
是非この機会に王家の至宝に触れてみてはいかがでしょうか?
基礎情報
サントリー美術館で2018年1月28日まで開催中。その後下記の日程で各地を巡回します。
2018年4月7日 - 7月16日 大阪市立東洋陶磁美術館
2018年7月24日 - 9月24日 山口県立萩美術館・浦上記念館
2018年10月6日 - 12月16日 静岡市美術館
参考資料
「フランス宮廷の磁器セーヴル、創造の300年」図録