創業者の趣味からはじまったエインズレイ
エインズレイ(Aynsley)は18世紀から続く長い伝統をもち、高品質なボーンチャイナなど高い技術と優美なデザインが評価され、イギリス王室からこよなく愛されている陶磁器メーカーです。
その創業者であるジョン・エインズレイ(John Aynsley)は、イギリスの中西部の街ストーク・オン・トレント(Stroke-on-Trent)で炭鉱を経営し、陶器の窯元に対して石炭を納品していました。
そして、個人的な趣味としても、陶器やラスター彩のコレクションに情熱を傾けていました。
もともと東洋から輸入した磁器をコレクションし自慢することが上流階級の中で流行していましたが、1710年にドイツのマイセンが硬質磁器の製造に成功して以降、ヨーロッパ各地でこのブームはさらに過熱し、ここストーク・オン・トレントでも、1759年にウェッジウッド(Wedgewood)、1770年にスポード(Spode)など、その後のイギリス陶磁器を代表するブランドが産声をあげたところでした。
ジョン・エインズレイは、次第にコレクションするだけでは飽き足らず、1775年、とうとう、ストーク・オン・トレントのレイエンド(Lane End)、現在のロングトン(Longton)に陶磁器を製造するための窯を作ってしまいます。
出典:Wikipedia(ストーク・オン・トレント、ロングトンの市庁舎)
エインズレイは、地元の陶土を使い、自らの手でデザインをお越し、次第に顧客を獲得していきます。
このティーポットはエインズレイが創業して間もない頃に製造されたもので、黒いプリントの上に丁寧なハンドペイントが施されています。上部の帯状の部分には、
信念をもって、真っ直ぐに道を進めば、必ずやどんな困難も乗り越えられる
と記されています。
まるでジョン・エインズレイの、ものづくりに対する熱い思いと明るい未来への希望が伝わってくるような文言ですね。
出典: the-saleroom.com
実際に、創業翌年の1776年には、現在のロングトン市場にあたる場所、フリントストリートにも窯を開き、エインズレイは窯元としての地位を高めていきます。
もう一人の”ジョン・エインズレイ”
ジョン・エインズレイの後は、息子のジェームス・エインズレイ(James Aynsley)が経営者となるものの事業はあまり上手く行かず、5人いた子供のうち長男(つまり創業者ジョン・エインズレイの孫)が後継者となります。
彼の名はジョン・エインズレイ2世(John Aynsley、1823-1907)。
創業者である祖父の名を継ぎ、祖父と同じく、陶磁器作りに情熱を燃やすこととなります。
ジョンは、小学校に通うのもそこそこに、9歳から家業を手伝いつつ修行を重ねていたそうで、1841年に父ジェームスが亡くなり、経営を引き継いだ後は、父の代で傾きかけたエインズレイを立て直し、優れた経営者として大成功を収めます。
出典: gaukartifact.com (ジョン・エインズレイ2世)
彼の残した大きな功績のひとつが、それまでの陶器から、「ボーンチャイナ」の製造へと舵を切ったこと。
ボーンチャイナそのものは、1796年にライバルであるスポードが完成させたものですが、エインズレイのそれは、磁器の原材料に牛の骨灰を50%以上も混ぜ込むことで、非常に強く、光を透し、そして何よりも白さが際立つもので評判を呼びました。
そしてもう一つは、自ら工場の建築デザインをおこし、新工場ポートランド・ワークス(Portland works)を建設します。
この新工場は、当時ヨーロッパで流行していたギリシア・ローマ時代を芸術の規範とする新古典主義の流れをくむ「ジョージアン様式」で作られた荘厳なもので、また、機能面でも、工房は広く、窓も大きくとられ、職人にとっても快適に設計されています。
出典:thepotteries.org (ポートランド・ワークス)
3つの工場を掛け持ちし、毎日16時間も働いたと言われるほど勤勉で、周囲からの人望も厚かった彼は、これは彼の功績を称えた地域のメンバーからの推薦で、1886年から1890年の間、ロングトンの市長を務めるまでに出世します。
また、市長となってからも、すぐに土地を資金を手配して、市民の憩いのための公園と公立病院の設立をすすめた、ということですから、やり手のビジネスマンというだけでなく、地域社会へも貢献しようとする彼の人柄がうかがえますね。
英国王室への愛を感じさせるロイヤルファミリーへの製作物
エインズレイは英国王室を深く敬愛しており、1896年のヴィクトリア女王在位60年記念である「ダイアモンド・ジュピリー」では、女王の肖像画を描いたプレートとカップ&ソーサーを製作しています。
背面には、「ヴィクトリア女王は、沈まぬ太陽のように、英国史上最長の統治者である」と、赤のハンドペイントが施され、英国王室への忠誠心の高さが伺えますね。
出典: ebay.com (ヴィクトリア女王のダイヤモンド・ジュビリー用のカップ、ソーサー)
ヴィクトリア女王は、彼女が個人で利用する美しいテーブルウェアのセットも注文し、エインズレイに対しそのロゴに英国王室の王冠を掲げることを認め、これをきっかけとして、エインズレイの名声はさらに高まります。
エインズレイ窯の発展と、近代化していくロングトンの町を見届けたジョン・エインズレイ2世は、1907年、静かにその生涯を終えますが、彼亡き後もエインズレイは王室御用達の陶磁器メーカーとして数々の作品を発表しつづけ、陶磁器界での地位を盤石なものへとしていきました。
1931年には、メアリー王妃の用名を受け、チューリップシェイプでバタフライハンドルのカップ&ソーサーを納品します。これは、当時流行していたアールデコのデザインで、現在もアンティークとして非常に人気のある製品です。
出典:ebay.com (バタフライ・ハンドルのカップ&ソーサー)
その後も、エリザベス女王とフィリップ王子との結婚式の晩餐会用のディナーセット(1947年)、チャールズ皇太子とダイアナ元妃のご成婚(1981年)、直近でも、ウィリアム王子とケイト・ミドルトンさんの婚約(2010年11月)など、イギリス王室にまつわるコレクションを発表し、日本でも話題となっています。
近代化とともに「ベリーク(Belleek)」グループの一員へ
順調に事業を拡大してきたエインズレイですが、他のイギリス陶磁器メーカーと同様、他国からの安い製品との競合の激化等により、経営体制の見直しを余儀なくされます。
1970年には、ウォーターフォード(Waterford)に100万ポンドで買収されることとなり、それまでの John Aynsley and Sonsから、Aynsley China Ltd.に改名します。
しかし、1987年にウォーターフォードが、同じ企業グループに属するウェッジウッドブランドの販売に集中することとなり、1997年、アイルランドのベリーク(Belleek)グループに買収されることとなりました。
これにより、同社は現在、北アイルランドのベリーク窯、アイルランド共和国のゴルウェイクリスタル、ドネガル窯とのグループのメンバーとなっています。
また、2014年には、イギリスにおける製造原価の高騰から、ストークオントレントの工場を閉鎖し、現在は、中国での製造が中心となっています。
エインズレイを代表するシリーズ
高い品質に裏打ちされながらも、イギリスらしく華やかで可憐なエインズレイの陶磁器は、長い間、イギリス王室をはじめとして多くのファンを獲得してきました。
その多岐にわたるデザインのなかでも、特に、クラシックといわれるシリーズをご紹介したいと思います。
1)ペンブロック(Pembroke)
ペンブロックシリーズは日本の伊万里焼をイメージして製作されました。
ペンブロックとは南ウェールズのペンブロックシャー(Pembrokeshire)という地域の名で、1457年に、ヘンリー7世が誕生したペンブロック城がある名勝地です。
出典:depositphotos.com(ペンブロック城)
ヘンリー7世が開祖となったテューダー朝のもとでは、6人の妻(うち2人と結婚解消、2人を処刑)をもったヘンリー8世や、スペインの無敵艦隊を打ち破ったエリザベス1世があらわれ、イギリスはヨーロッパの強国としての地位を固めていきます。
18世紀にこの地を訪れたデザイナーが、当時まだ貴重だった日本の伊万里焼を目にしてデザインしました。
出典:https://www.replacements.com/(ペンブロック)
その後1970年代に復刻され、現在ではエインズレイを代表するシリーズのひとつになっています。
同じく伊万里焼にインスパイアされたデザインでありながら、ロイヤルクラウンダービー(Royal Crown Derby)のオールド・イマリとはまた、一味違った優美な雰囲気ですね。
出典: エインズレイ公式サイト (ペンブロック)
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2)コテージガーデン(Cottage Garden)
コテージガーデンは、エインズレイの創業間もない1790年に製作がスタートされ、その長いブランドの歴史において、最も人気のあるシリーズのひとつです。
コテージガーデンはその名の通り、イギリスの田舎風の美しい庭園をイメージした、色とりどりの植物や、その周りを飛ぶ蝶などが色鮮やかに表現されています。
出典: エインズレイ公式サイト (コテージガーデン)
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3)オーチャードゴールド(Orchard Gold)
エインズレイの特徴は、高品質のボーンチャイナとエシッド技法に代表される金使いの上手さ。
オーチャードゴールドは、素材にボーンチャイナを使い、デザインは、金の背景と金彩に瑞々しい果実が表現され、気品感じさせる作品となっており、まさに高級食器といった装いです。
ロイヤルウースター(Royal Worcester)のペインテッド・フルーツと雰囲気が似ていますね。当時の流行だったのでしょうか。
出典: https://www.replacements.com/ (オーチャード・ゴールド)
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4)エリザベスローズ(Elizabeth Rose)
エリザベスローズは1801年、ジョージ3世の命を受けデザインされました。
当時は商品化されていませんでしたが、エリザベス2世女王の即位50周年を記念して、当時のデザインアーカイブより忠実に再現した復刻シリーズです。
イングランドの国花でもあるバラをモチーフに、長き平和と夫婦の愛を祈る、という意味が込められています。
ピンクとブルーのカラーバリエーションがあり、それぞれ大振りのバラと金の縁取りで美しく彩られ、まさに正統派の英国的なデザインといえるでしょう。淡く優しい色使いが、至福のティータイムを上品に演出してくれます。
出典: churchillsteas.com (エリザベスローズ)
出典: https://www.replacements.com/ (エリザベスローズ)
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5)イングリッシュローズ(English Rose)
美しい貴婦人を意味するというイングリッシュローズ。1969年に開発された品種のバラで、イギリスのみならず世界中で高い人気があります。
そのイングリッシュローズをモチーフに、1900年代のエインズレイのデザイナー、ジャック・ジョーが原画を描き、現代のデザイナーによって2013年に復刻されたのが、イングリッシュローズシリーズです。
ふくよかな大輪のバラが大胆にあしらわれ、グリーンの縁取りでシックにまとめられています。大人の女性にもふさわしい、甘くなりすぎない落ち着いた雰囲気が印象的なシリーズです。
出典: ebay.co.uk (イングリッシュローズ)
6)陶花
エインズレイでは、カップやプレートなどの食器類のほかにも、「陶花」と呼ばれる陶磁器製の花飾りが人気です。
英国公式の食事会では、食事中に生花の花びらが落ちることを嫌うため、花びらの落ちる心配のない陶磁器製の花が好まれます。
エインズレイは英国王室からの依頼で、世界で初めて陶花を制作したといわれ、エインズレイを語る上で欠かすことのできない存在です。
磁器の生地にアラビアゴムを混ぜて製作される陶花は、生花に見劣りしないほど精巧に作られています。
永遠に枯れることのない磁器の花は、食卓を華やかに彩り、英国の王族のみならず、世界中の人から愛されています。
出典: ebay.co.uk (陶花)
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