イスラム文化の粋を集めた街
イベリア半島におけるイスラム王国の終焉を飾ったグラナダ(Granada)は、スペイン南部のアンダルシア地方に位置し、首都マドリード(Madrid)からAltaria(特急)などで4時間半、飛行機なら1時間の距離です。
出典:depositphotos.com(グラナダ)
キリスト教徒がイスラム教徒から支配権を取り戻そうとするレコンキスタ(国土回復運動)が進む13世紀以降のイベリア半島において、最後までイスラム王国の首都として栄えたこの街は、今も色濃くアラブの香りを残しています。
1469年に、イベリア半島ではアラゴン王国のフェルナンド5世と、隣国のカスティリャ王国の王女イサベルが結婚し、「スペイン王国」として両国を共同統治し、1492年には、両王が率いるキリスト教徒軍によって街は無血開城されました。
出典:Wikipedia(フェルナンド5世とイサベル)
その結果、イベリア半島におけるイスラム支配は終わりを告げ、街にはキリスト教文化が入って来ました。
そのため現在では街のあちらこちらで、イスラム教とキリスト教の文化の融合が見られます。
迷路のように細い路地が入り組み、白壁の家と石畳で覆われたこの街で最も特徴的なのは、最古の居住地区で現在もムーア人(北西アフリカのイスラム教徒)統治時代の建築様式を残すアルバイシン地区です。
この地区には、アラブ式の浴場(ハンマーム)、グラナダ考古学博物館、モスクのあとに建設されたサン・サルバドール教会が残る他、異国情緒溢れるアラブ人街が広がり、アラブ風のお土産店やモロッコ料理店、アラブ風のカフェテリアが軒を連ねています。
出典:depositphotos.com(グラナダのマーケット)
アルハンブラ宮殿のタイル芸術の極地
グラナダの「赤い丘」には歴代の王が暮らしたアルハンブラ宮殿(La Alhambra)がそびえ立っており、スペイン屈指の世界遺産として、年中世界中から観光客が訪れます。
出典:depositphotos.com(アルハンブラ宮殿)
イスラム建築の最高傑作とも言われるこの宮殿は、9世紀に建てられた砦が元になっていると考えられていますが、異なる時代に建てられた建築物の複合体で、様々な建築様式が入り交じっています。
宮殿の内部は、大理石などの石材はもちろん、漆喰細工、木製品、染織品などに加え、陶器やタイルなどで豪華に飾られています。
陶器の中でも最も貴重なのがイスパノ・モレスク陶器(「イスパニア・ムーア人の陶器」の意味)の傑作「アルハンブラの翼壺」と呼ばれる大壺です。
出典:Wikipedia(アルハンブラの翼壺)
世界でも10数点しか現存しない(完全なものは8点)ラスター彩の大壺のうち2点が16世紀にこの宮殿のコマレスの望楼の下で発見されたと伝えられていますが、これらはグラナダから130キロほど離れたスペイン南端の海辺の町マラガ(Málaga)で製作されたと考えられています。
残念ながらラスター彩のタイルを現在アルハンブラ宮殿の中で見ることは出来ません(大壺は考古学博物館が所蔵しています。)。
しかしアルハンブラ宮殿で使用された彩釉タイルのモザイクは今でも私たちの目を楽しませてくれます。
例えば、コマレス宮の通称「アラヤネスの中庭」の腰壁には、4枚一組になった青、緑、黄褐色の方形のタイルの周囲を白い長方形と黒い方形のタイルで囲む比較的単純なモチーフなのに見るものを飽きさせることがないリズム感の有るタイル・モザイクが用いられています。
出典:depositphotos.com(アラヤネスの中庭)
出典:depositphotos.com(タイル)
単調な小さなタイルを規則正しく貼り合わせながら、広い壁面を埋めていくタイル・モザイクは非常に時間と費用の掛かる作業だったため、後にクエルダ・セカ技法やクエンカ技法といった、タイル1枚に数色を使っても釉が混ざらないで方法が生み出されました。
アルハンブラ宮殿内で見られるモザイク・タイルの文様パターンは様々で、現代の私たちが見ても斬新と思われる優れたデザイン性がうかがわれます。
青と緑が特徴の素朴な「グラナダ焼き」
現在グラナダでは、イスラムの伝統を引き継いだ彩釉陶器、「グラナダ焼き」が製作されていて、中でも、グラナダで最も古い窯元と言われるファハラウサ(Fajalauza)工房の陶器が有名です。
19世紀初頭までその名は知られていませんでしたが、歴史は1517年に遡り、アラブ人の職人がアルバイシンとアサ・グランデの2つの地区の間に有るファハラウサ門(Puerta de Fajalauza、別称アーモンド畑の門)の近くに工房を構えたことからその名前が付けられました。
出典:spain-holiday.com(ファハラウサの陶器)
キリスト教文化の影響を受けたものの、それほど大きな変化がなかったグラナダの錫釉陶器は、素朴で、無地の下地に藍色や濃い緑で、植物や鳥が描かれているのが特徴です。
中でもグラナダとはスペイン語で「ザクロ」を意味するのですが、そのザクロの描かれた陶器が特に人気となっています。
洞窟タブラオでフラメンコ
スペインを代表する舞踏芸術フラメンコは18世紀末アンダルシア地方で生まれたと考えられています。
現在ではバルセロナやマドリードなどスペイン各地でもフラメンコショーを見ることは出来ますが、グラナダでは本場ならでは、より臨場感のある、情熱的なフラメンコを見ることが出来ます。
昨年日本でも公開された映画「サクロモンテの丘 ロマの洞窟フラメンコ」という映画をご覧になって、ご存知の方もいらっしゃることでしょう。
出典:映画『サクロモンテの丘~ロマの洞窟フラメンコ』公式サイト
サクロモンテと言われるアルハンブラ宮殿の北にそびえる丘には、今も無数の洞窟が有り、生活している人がいます。
そこは遊牧民のロマ族(ヒターノ)が流れ着いた場所です。日本ではロマ族というよりジプシーと言った方がピンとくる方も多いかもしれません。
現地の生活や人々になかなか馴染めない、馴染もうとしなかった彼らは、どこへ行っても迫害を受けていました。
そんなロマ族と、16世紀以降キリスト教徒に迫害されたイスラム教徒の伝統文化の融合で誕生したのがフラメンコです。
フラメンコはもともと迫害や差別から生まれた魂の叫びだったのです。ほとばしる汗や息遣いまでが間近で感じられる距離で見るフラメンコは格別です。
また、サクロモンテの丘の中腹に有る「サクロモンテ洞窟博物館」では、実際に最近まで使われていた12の洞窟住居(クエバ)を使い、ロマ族の生活や仕事場の様子を再現していますので、ここを訪れると彼らの暮らしぶりをより身近に感じることができるかもしれませんね。
参考資料
「すぐわかるヨーロッパ陶磁の見かた」東京書籍