6/29は「星の王子さま」の日。大切なことを思い出させてくれるストーリーをぜひ、ティータイムのお供に♪
今日6/29は「星の王子さま」の日。 星の王子さまの作者である「サン=テグジュ ペリ」の誕生日です。 今日は星の王子さまの世界に浸ってみましょう! 忙しい毎日の中でつい、忘れがちな大切なことに気づかせてくれる名言たち 出典:Wikipedia(The Little Prince) 「星の王子さま」は、フランスの作家「アント ワーヌ・ド・サン=テグジュペリ」による小説。 1943年の初版以来、世界200以上の国と地域で 親しまれている本です。 星の王子さまで有名なのは、「肝心なことは、 目に見えない」という名言。 愛や生命といった、普遍的なテーマに応える 言葉の数々が長く読み継がれている理由と いえるでしょう。 心に響く名言はたくさんあるのですが、 私(店長)が好きな名言を一つ、紹介 させてください。 それは 「きみがバラのために費やした時間の分だけ、 バラはきみにとって大事なんだ」 という言葉。 このフレーズを聞くたびに、自分にとって 大切な人の顔が思い浮かび、心がじんわり 温かくなります。 ...
6/28はパフェの日!でも、なぜ?その由来は?
今日6/28はパフェの日! ちょっとがんばって、手作りしてみました〜♪ でも、なぜ今日なのでしょう? それにはちょっと意外な事実がありました。 今日はは誰かに教えたくなる「パフェ」の 由来について見てみましょう! 実は甘いパフェとあまり関係がなかった「パフェの日」 出典:Wikipedia(Parfait) パフェとは、フランス語で「完璧な」を意味する 「パルフェ(parfait)」が語源と言われています。 ではなぜ、6/28かというと、それはお菓子や 歴史にまつわるものではなく、日本プロ野球界で 初めて「パーフェクト・ゲーム(完全試合)」が 行われたことから定められました。 えっ…ちょっとがっかりな由来…!と思ったのは きっと私だけではありませんね。 でも、フランスにも「パルフェ」という デザートはあるんですよ! それは、卵黄に砂糖やホイップクリームを 混ぜて型に流して凍らせた冷たいデザート。 その形はテリーヌのように四角いことが多いそう。 出典:Cookist(Vanilla parfait: the recipe for a fresh and delicate dessert)...
グスタフ3世|もはやオペラそのもの!「仮面舞踏会」の題材になったスウェーデンの名君の華麗なる生涯とは?
美貌の才女でパワフルな母から英才教育を受けて育つ!? スウェーデンの歴史上、人気の高い君主の一人としても知られ、優れた外交手腕や文化芸術の発展に貢献した偉業のみならず、そのドラマティックな生涯も語り継がれることとなるグスタフ3世(Gustav III、1746-1792)。 出典:Wikipedia(グスタフ3世) そんな彼は、1746年、ホルシュタイン=ゴットルプ家スウェーデン王のアドルフ・フレドリクと妃ロヴィーサ・ウルリカの長男として生まれます。 ホルシュタイン=ゴットルプ家は現在の王家の一つ前の王朝で、父王はその初代。 出典:Wikipedia(アドルフ・フレドリク) 一方、母ロヴィーサはプロイセンのフリードリヒ大王を兄にもち、その美貌と才女ぶりは有名で、住まいの離宮ドロットニングホルム宮殿を「北欧のヴェルサイユ」と呼ばれるまでにした女性! 様々な文化芸術に造詣が深く、政治にも積極的に参加する王妃でもありました。 出典:Wikipedia(ロヴィーサ・ウルリカ) かつてはバルト帝国と呼ばれた強国であったものの、その後の大北方戦争での敗北以降、その栄華は陰を潜めていたスウェーデン。 おまけに国内は腐敗した議会、中でも貴族階級が牛耳り、王の権力は弱小…ロヴィーサはスウェーデンのそんなありさまに我慢ならず、夫を差し置いて実権を握っていたばかりか、自らクーデターを決行! 残念ながらこれは失敗に終わりますが、プロイセンのフリードリヒ大王の妹という誇りと自信を胸に!?その野望は諦めず、息子に託すことにしていたのです。 さて、そんなパワフルな母のもと、彼女が築き上げた文化と芸術が咲き誇るドロットニングホルム宮殿にて育てられたグスタフ3世は、政治的思想から趣味にいたるまで母の影響を受けながら、母譲りの才能あふれる青年へと育ちます。 出典:depositphotos.com(ドロットニングホルム宮殿) そんな彼が最も興味を持ったのは演劇の分野で、幼い頃から観劇に参加していただけでなく、自ら台本を書こうとするまでに! とりわけフランスの演劇団による演劇に魅了され、フランス文化にも興味を持つようになってゆきます。 何と言っても、母ロヴィーサは大の演劇好きで、彼女によってドロットニングホルム宮殿が改築された際には、図書室やギャラリーのほか、劇場まで増設させたほど! 出典:Wikipedia(ドロットニングホルム宮殿に隣接する宮廷劇場) そんな母の趣味がつまった宮殿をしっかりと受け継いだグスタフ3世にとっても、同宮殿はお気に入りであったようで、ここでは晩餐会や舞踏会、オペラや演劇の上演といった催しが頻繁に行われる華やかな時代を築いてゆきました 王権復活と大勝利でヨーロッパ中にスウェーデンの底力を見せつける! 1771年、父王の崩御に伴って25才でスウェーデンの若き王となったグスタフ3世は、さっそくクーデターを決行!母ロヴィーサの期待通りに王権を復活させ、絶対王政の確立に成功してみせます。 出典:Wikipedia(クーデターを率いるグスタフ3世) さらに、外交面では宿敵であったデンマークや、フィンランドを奪った大国ロシアに挑むことを視野に入れ、かつてスウェーデンが誇った栄華を取り戻すべく奔走し始めます。 グスタフ3世は、財政難による資金不足にもかかわらず周囲の反対を押し切ってヨーロッパ各地をめぐる旅へ出発! 表向きは保養ですが、もちろん目的は各国の動向を探ることにあり、できれば味方を増やしたい考えでした。 ところが、各国の動向はスウェーデンにとって芳しいものではなく…強力な味方を増やせそうな見込みは薄いうえ、ロシアはデンマーク寄りであるなど、スウェーデンにとっては大変不利な状況でありました。 さらに、ロシア女帝エカテリーナ2世との接触を試みるも女帝は関心がない様子…そこで、グスタフ3世は軍事力を強化し、フィンランドを取り戻すべくロシアに挑む道を選びます。 出典:Wikipedia(エカテリーナ2世) こうして1788年より始まったロシアとの戦争は、最初こそスウェーデンが陸戦で苦戦を強いられるものの、終盤のフィンランド湾での海戦ではスウェーデンが優勢となり、参戦してきたデンマークをも退け、屈強なロシアの艦隊を打ち負かすことに成功!女帝エカテリーナ2世を慌てさせました。 最終的には中立を守っていたイギリスやプロイセンの介入で和平を結び、両国とも領土変更なしという形で終結となったものの、エカテリーナ2世率いるロシアはもちろん、ヨーロッパ中にスウェーデンの底力を見せつけるには十分であり、グスタフ3世はスウェーデンの国際的地位を向上させることにも成功したのです。 これ以降、ロシアとの関係は改善され、1791年には友好的に軍事同盟を締結するにいたっています。 ちなみに、エカテリーナ2世の母はホルシュタイン=ゴットルプ家出身で、グスタフ3世の父王の妹にあたります。 また、後にグスタフ3世の息子、グスタフ4世を気に入った女帝は自分の孫娘と結婚させようとしますが、二人の宗教の違いが問題となり、結果的にあと一歩のところでグスタフ4世に蹴られる格好で縁談は決裂! 出典:Wikipedia(グスタフ4世アドルフ) 当時老年であった女帝には健康を害するほどの衝撃的事件となり、女帝の死期を早めた逸話としても知られていて…グスタフ3世とエカテリーナ2世、実は公私共に?!ゆかりが深いのです。 妃はスウェーデン王室史上最も悲劇的な王妃!? グスタフ3世がデンマークより迎えた妃で後のグスタフ4世の母であるソフィア・マグダレーナは、スウェーデンの王室史上、最も悲劇的な王妃といわれることもあるほど、孤独な王妃であったことで知られています。...