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"city_*"の検索結果66件

ロイヤルドルトン|時代と共に移り変わるイギリスのモダンを紡ぐ名窯

1815年、イギリスの首都ロンドンのテムズ河近くの街ランベス(Lambeth)にて、ロイヤルドルトン(Royal Doulton)は産声を上げました。

創業者のジョン・ドルトン(John Doulton、1793–1873)が、ビジネスパートナーであるジョン・ワット(John Watts)、マーサ・ジョーンズ(Martha Jones)とロイヤルドルトンを創業した当時は、素朴で重厚な炻器(せっき、陶器と磁器の中間のような性質を持ち、光も水も通さない硬く引き締まった風合いが特徴)で、ビールのピッチャーや水差しなどの日用品を作っていたようです。


バドンヴィレ|名窯が集まるロレーヌ地方でバドンヴィレ焼きを生んだ小さな町

フランスの北東部ロレーヌ地方、グラン・テスト圏のムルト=エ=モゼル県にあるバドンヴィレという町。

郡庁はバドンヴィレともゆかりの深い、陶器と刺繍の街リュネヴィル。距離にして約30キロほどのところにあります。

バドンヴィレの町は人口約1500人。大きな町ではありませんが、自然豊かな素晴らしい景観をもつ町です。


マルセイユ|太陽溢れるフランス最古の港町が生んだ、バラエティに富んだプロヴァンス陶器

マルセイユの街の歴史は紀元前600年前に遡ります。古代ギリシアで繁栄したフォカイア人が築いた植民都市「マッシリア」、が現在のマルセイユの起源とされ、フランス最古の街となっています。

現在は人口の約半分が移民で北アフリカの国々との結びつきも強く、国際色豊かな街。またマルセイユは暖かい土地にみられるとても陽気でオープンな土地柄でもあります。


タラベラ・デ・ラ・レイナ|スペイン黄金世紀に発展し、南米メキシコまで渡った「タラベラ陶器」

タラベラ・デ・ラ・レイナ(Talavera de la Reina、以下タラベラ)は、マドリードやトレドの近郊に位置し、人口は9万人程度。カスティーリャ=ラ・マンチャ州では4番目、トレド県においては2番目に人口が多い都市となっています。

”ラ・レイナ(la Reina)”は、スペイン語で”女王”という意味。カタルーニャ州にあるタラベラと区別するために、「女王のタラベラ」という名になったと言われています。


ムスティエ・サント・マリー|エナメルの輝きが美しい「ムスティエ陶器」で知られる、フランスで最も美しい村

南仏マルセイユから車で約1時間半、ムスティエ・サント・マリー(Moustiers Saint-Marie)という小さな村をご存知でしょうか?

フランスのグランドキャニオンと言われるヴェルデン渓谷と、2200ヘクタールの巨大なサント・コワ湖のすぐ近くに位置する、人口は約700人の本当に小さな村です。

こんなに小さな村ですが、フランスで最も美しい村の一つに指定されており、ムスティエ焼きや素晴らしい絶景を眺めに、世界でも知られた観光地となってきています。


カンペール|ケルト文化が色濃く残る街で作られる、独特のタッチの絵付けが愛らしい「カンペール焼き」

カンペール焼きの歴史は、17世紀に絶対王政の元でフランス絶頂期を演出し、「太陽王」とも呼ばれたルイ14世の時代にまで遡ります。

15世紀頃から作られていた素朴な陶器が、ルイ14世の庇護の下、大きく発展していきます。

王家により設立された陶器工房(のちのHB社)は、手書き絵付け陶器のフランスで最も古い企業としても有名です。


マラガ|アンダルシアの黄金の輝き「ラスター彩陶器」

マラガの街の起源は、紀元前3000年頃にペルシア湾から地中海地方へ移住してきたと言われる海上交易の民フェニキア人が、紀元前1000年頃に現在の場所に「マラカ」(Malaka)という都市を建てたことに始まります。

「マラカ」という名はフェニキア語の「塩」から来ていて、港で魚が塩漬けにされていたことによると言われています。


グラナダ|イスラム文化の結晶「アルハンブラ宮殿」と、青と緑が特徴の素朴な「グラナダ焼き」

キリスト教徒がイスラム教徒から支配権を取り戻そうとするレコンキスタ(国土回復運動)が進む13世紀以降のイベリア半島において、最後までイスラム王国の首都として栄えたグラナダは、今も色濃くアラブの香りを残しています。

1469年に、イベリア半島ではアラゴン王国のフェルナンド5世と、隣国のカスティリャ王国の王女イサベルが結婚し、「スペイン王国」として両国を共同統治し、1492年には、両王が率いるキリスト教徒軍によって街は無血開城されました。


カステッリ|「マヨリカ焼きのシスティーナ礼拝堂」が佇むイタリアの最も美しい村

州都ラクイラ(L’Aquila)から車で、1時間ほど「イタリアの最も美しい村(I Borghi piu belli d’Italia)」の1つにも選ばれているカステッリ(Castelli)に到着です。

カステッリとは「城」という意味で、街は標高500メートルの高さに位置しています。

街の見どころはなんと言ってもサン・ドナート教会(San Donato)です。

この教会の天井は1615年から2年間かけて街の全ての陶芸職人が参加して制作されたマヨルカ焼きのタイルで覆われています。


カステッラモンテ|陶器のストーブが温める「山の上の城」
北イタリアのピエモンテ州(Piemonte)の州都トリノ(Torino)から車で約1時間、「山の上の城」という街の名前からわかるように、カステッラモンテ(Castellamonte)の街は小高い丘の上にあり、城は街の中心にそびえています。

アルビッソラ・マリーナ|リヴィエラ海岸のコバルトブルーの陶器

アルビッソラ・マリーナの陶工たちは、スペインやフランス、パルマ王国などへ移って行き、その技術を伝えました。

1569年には13の工房が有りましたが、1640年にはその数が23になり、マヨリカ製作の黄金期を迎え、陶芸は17世紀から18世紀におけるリグーリア地方の最も重要な産業になりました。

装飾のモチーフには花や動物、船や帆船が描かれた海の風景が好んで選ばれたほか、伝統的な神話や聖書のエピソードなどが描かれています。


ザ・サヴォイ|イギリスの5つ星ホテルで味わう伝統的なアフタヌーン・ティー

ウェッジウッドの美しいティー・カップでおいしい紅茶をいただきながら、スコーンやケーキを楽しむ・・・一生に一度は、本格的なアフタヌーン・ティーを体験してみたいものですよね。

イギリスではカフェでも楽しめますが、せっかくなら、名門ホテルで伝統的なアフタヌーン・ティーをしてはいかがでしょうか?

ロンドンにはアフタヌーン・ティーを楽しめる場所がありますが、中でも有名なのが名門5つ星ホテルのザ・サヴィ。

ロンドンの中心に位置し、テムズ川のほとりにある、1889年創業の歴史あるホテルです。

これまで、チャーリー・チャップリン、マリリン・モンローや、オードリー・ヘップバーンなど数々の著名人や王族、国家君主など世界のVIPに愛されてきました。


デルタ|「緑の心臓」が育てたマヨリカ陶器の街

デルタでは既に1280年代にマヨリカ焼きを作成していた記録が残っており、そして産出された陶器は、地元の人たちが使うだけでなく、ペルージャやアッシジ(Assisi)にも運ばれていたとのことから、かなりの量が製造されていたことが伺われます。

当初のデルタ製陶器は、植物や幾何学模様が描かれた極めてシンプルなデザインのものでしたが、15世紀初め、それまで作られていたテラコッタと呼ばれる素焼きの焼き物の製作を止め、マヨリカ焼きの製法での陶器作りを専門的に行うようになります。


ヴィエトリ・スル・マーレ|アマルフィ海岸の始点、「海の上のガラス」という名前の街
古くから陶器作りが行われていたヴィエトリ・スル・マーレには、1020年サンティッシマ・トリニタ・ディ・カバ・デイ・ティレッニ修道院(Abbazia della SS. Trinità di Cava dei Tirreni)の建設を機に多数の工房が出来、この辺りでは有数の陶器の街となります。

ヴァロリス、アンティーブ|ピカソに愛された南フランスの陶器の街

地中海沿岸の地域では古くから陶器が製造されていましたが、その中でも良質な土が取れることから名を馳せていたのが、ここヴァロリスです。

しかしこのヴァロリスの陶器も衰退していた時期があります。 それを救ったのがピカソでした。


シャンティイ|18世紀フランス陶磁器文化の栄華を極めた街

パリ北駅からSNCF鉄道で約30分のオー=ド=フランス地域圏、オワーズ県のコミューンに位置するシャンティイは、春から秋を中心に年間50万人の観光客が訪れる、緑と湖が美しい街です。

またシャンティイという名前はホイップクリームのフランス名「crème chantilly(クレーム・シャンティイ)」に由来しているそうです。

美しい森に囲まれた街には、15~19世紀にかけて栄えた、フランス王室と縁の深い名門貴族・モンモラシー、コンデ家の居城・シャンティイ城がそびえます。


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