デュ・バリー夫人(1743-1793)は、それまでフランス国王ルイ15世の公妾として社交界の華と称えられたポンパドゥール夫人が42歳の若さで亡くなった後、公妾として取り立てられた美女です。
「公妾って、要するに愛人のことでしょう?どうせ見た目だけでしょう。なんか頭悪そう。」、などと侮ることなかれ。
白い黄金と称えられた白磁器の製法がヨーロッパで初めて解明され、現在のドイツ・ザクセンのアウグスト強王がマイセンを創設してからおよそ30年、ロシアでは初となる陶磁器窯が誕生!
それがロシア最古の歴史を誇る名窯インペリアルポーセリンです。
インペリアルポーセリンは、1744年、女帝エリザヴェータ(Elizabeth Petrovna, 1709-1762)の命により皇帝専属の陶磁器工房としてペテルブルク郊外に創設されました。
実は、その長い歴史の発端は彼女の父である初代ロシア皇帝ピョートル大帝の時代までさかのぼります。
錬金術師のヨハン・フリードリヒ・ベトガーが当時まだ謎に包まれていた白磁器の製法を解き明かし、ヨーロッパで初めてその焼成に成功したことから、今なおドイツが誇る名窯マイセンの歴史が始まりました。
そのベトガーは37才という若さで死去。ベトガーを失ったちょうどその頃、マイセンも低迷期を迎えることとなってしまいます。
そんなマイセンにベトガーの死の翌年、彼と入れ替わるかのように登場するのが、伝説的な天才絵付け師として知られるヨハン・グレゴリウス・ヘロルト(Johann Gregorius Höroldt、1696~1775)です。
フェリペ2世(Felipe II、1527-1598)は、絶対君主の代表格にも位置づけられる人物で、スペイン黄金世紀の中でも最盛期に君臨した国王です。
このため、フェリペ2世はきっと、その時代に見合った、華やかな生活を送っていたはずと想像を広げる人も多いでしょう。フランスのルイ14世のように、絢爛豪華なものに囲まれ、豪遊生活を楽しんでいたのだろうと。
しかし実際はというと、フェリペ2世は絢爛豪華なものとは無縁の生活を送っていたのです。
マリア・テレジアの父カール6世には男の子の世継ぎがいなかったため、当時、女性の世襲は認められていなかったもかかわらず半ば強引に、23歳のマリア・テレジアにハプスブルグ家(神聖ローマ帝国)の女君主としての地位を引き継がせることになります。
正確には、「神聖ローマ皇帝」という称号は夫のフランツ1世が持つことになったものの、政治の実権は完全にマリア・テレジアが持っていました。