ウェールズの小さな土産物店から始まった、ひとりの女性の物語
ポートメリオン(Portmeirion)は、陶器デザイナーのスーザン・ウィリアムズ・エリス(Susan Williams Ellis、1918-2007)と夫ユーアン(Euan)によって設立された陶磁器メーカーです。
出典: Rose Fulbright (スーザン・ウィリアムズ・エリス)
若いころのスーザンは、20世紀のイギリスを代表する彫刻家ヘンリー・ムーア(日本でも「箱根 彫刻の森美術館」で作品を見ることができます)と、画家グレアム・サザーランドのもとで学んだ陶器デザイナーでしたが、1953年に夫のユーアンと共に、父親からウェールズの土産物店を引き継ぎ、ポートメリオン村で営んでいました。
出典: Wikipedia (「横たわる像」ヘンリー・ムーア作、1951)
出典: National Portrait Gallery, London (グレアム・サザーランドの自画像)
現在のイギリス連邦王国は、イングランドが、ウェールズ・スコットランド・北アイルランドの3国を併合して成立した国ですが、ウェールズは大自然にあふれた、いまだに古代ケルト人の神秘的な文化を色濃く残し、イングランドとはやや異なる魅力を放っています。
また、ポートメリオン村は、1926年に、スーザンの父であるウェールズ出身の建築家クラウ・ウィリアム・エリス(Sir Clough Williams-Ellis)の「自然の美しさを損なうことなく」というコンセプトのもとに開発され、イタリア風の街並みが特徴的な、美しい小さな村となっています。
出典: Tim Richmond Photography (ポートメリオン村)
英国キャリアウーマンの先駆けとして
1960年には、スーザンは、このポートメリオン村を離れ、ウェッジウッドなどの有名窯元を数多く生み出し、イギリス陶磁器産業の聖地ともいえるストーク・オン・トレントで、「AEグレイ」という陶器工場を手に入れます。
そして自分たちのショップで、自らデザインした陶器を売り始めたのです。
スーザンのデザインした商品はすぐさま街で人気を呼び、1961年には2つめの陶器工場を取得。ますます事業を大きくしていきました。
働く女性がまだ少なかったこの時代に、ビジネスと家庭を両立させるスーザンの生き方は珍しいものでした。
女性ならではの視点から人々のライフスタイルをとらえ、カジュアルで使いやすい食器を生み出したスーザンは、キャリアウーマンの先駆けといっても過言ではありません。
女性たちの支持を得て次々と新しいデザインを生み出していくスーザンと共に、ポートメリオンも企業として次第に成長していきます。
1972年にはポートメリオン最大のヒットシリーズ、ボタニックガーデンを発表。当時の取引先には「どうせヒットしないだろう」と言われていましたが、それを覆すかのように現在でも人気のあるロングセラーシリーズになっています。
2007年11月、それまで世界中を旅して様々なデザインを生み出していたスーザンは、89歳でその生涯を穏やかに終えます。
出典: ポートメリオン公式サイト (スーザン・ウィリアムズ・エリス)
スーザンの死後2009年に、ポートメリオンはロイヤルウースター、スポードの2つの陶磁器ブランドを買収し傘下に収めます。
スーザン・ウィリアムズ・エリス亡き後のポートメリオンは、今も変わらず人々のライフスタイルを見つめた陶器づくりを続けています。
出典: ポートメリオン公式サイト (イギリス Swindon店)
ポートメリオンの代表的なシリーズ
働く女性の先駆け、スーザン・ウィリアムズ・エリスが生み出した、ポートメリオンの代表的なシリーズをご紹介します。
1)トーテム (Totem)
出典: retrowow (トーテム)
出典: retrowow (トーテム)
1963年に発表されたトーテム。円筒状のストンとしたフォルムに幾何学模様が施された、どこか温かみのあるデザインです。
当時は大ヒットしたシリーズで、他のメーカーが模倣するほどの人気ぶりでした。
エンボス状に盛り上がった装飾と、光沢の強い釉、高さのあるデザインが独特の存在感を醸し出しています。
この特徴的な円筒形の原型は、ポートメリオンが創業初期に買収した陶器工場に秘密があります。
食器を製造する以前、医療用や化学実験用の陶器を製造していたそう。その当時の金型を使って作られているので、ぽってり肉厚な円筒型の食器セットが生まれたのです。
2)ボタニック・ガーデン (Botanic Garden)
出典: ポートメリオン公式サイト (ボタニック・ガーデン)
出典: ポートメリオン公式サイト (ボタニック・ガーデン)
ポートメリオンを代表するシリーズ、ボタニック・ガーデン。まるで植物園のように多彩で写実的な植物の図案が施されています。
創業者のスーザンが生涯を通してスケッチした数々の植物がデザインされ、英国には熱狂的なコレクターもいるほど人気の高いアイテムです。
テーブルに並べると、まるで植物図鑑のなかに入り込んだかのような世界観が好奇心を刺激します。
非常に多くのバリエーションが発売されたロングセラーですので、お気に入りの花がきっと見つかるはず。ご自宅のテーブルに、オリジナルの植物園をつくってみてはいかがでしょう。
3)クレイジー・デイジー (Crazy Daisy)
出典: ポートメリオン公式サイト (クレイジー・デイジー)
出典: ポートメリオン公式サイト (クレイジー・デイジー)
カラフルなデイジーの花が咲き乱れる、クレイジー・デイジーシリーズ。人気のボタニック・ガーデンとはまた一味違った、華やかな色遣いが特徴です。
現代的なダイニングの空間を意識してデザインされたというこのシリーズは、都会の食卓にもさらりとマッチするのではないでしょうか。
日光が差し込む花畑のようなパステルカラーが基調となっていて、現代女性のひとときの貴重な休息にそっと彩りを添えてくれます。
デザイナーでもあり、優れた起業家としての才能も持ったスーザン。
彼女が愛した自然界のモチーフと、時代の女性のニーズをつかんだ製品づくりを現代でも世界中の人が愛しています。
自然の中で深呼吸するようにリラックスして、スーザンの世界観を楽しんでみてはいかがでしょう。