コルドバ、ラ・ランブラ|イスラム教とキリスト教が混在する不思議な世界遺産「メスキータ」と銀細工の街

イスラム様式とゴシック様式等の折衷建築の立ち並ぶ不思議な都市

コルドバ(Cordoba)は、スペインの首都マドリードから高速鉄道AVEで南へ、2時間弱ほどのアンダルシア州にある街です。アンダルシア州では、州都のセビリア(人口70万人)、ピカソの生まれ故郷マラガ(同50万人)に次ぎ、約30万人の人口を誇っています。

コルドバ出典: depositphotos.com(コルドバ)

アンダルシアは、日本人がイメージするスペインそのもの。温暖な気候に、真っ青な太陽、白い壁の家、フラメンコ、イベリコ豚。

そして、「アルハンブラ宮殿」で有名なグラナダのように、イスラム教文化とキリスト教文化などが複数の文化が折り重なった交差点です。

コルドバもまた例外ではなく、古代ローマ帝国の属州ヒスパーニア・バエティカの首都として栄え、ローマ帝国の力が弱まると、409年にスラブ系のヴァンダル族に侵入され、その後は西ゴート王国、東ローマ帝国と、所属の変遷を繰り返しました。

711年、イスラム教徒に西ゴート王国が征服されると、その後に成立した後ウマイヤ朝により、コルドバは首都となりました。10世紀にアブド・アッラフマーン3世とハカム2世の治世下では、この地に図書館が建てられて多くの学者が活躍しました。

特にハカム2世は学問普及のために力を尽くし、コルドバに無料学校を建て、貧富の差や宗教の違いにかかわらず教育を受けられるよう配慮していました。

ハカム2世出典:Wikipedia(ハカム2世)

このため、10世紀のコルドバは、同じくイベリア半島の中心地であったトレドと並び、西方イスラム文化と学問の中心地となり、当時、世界最大の人口である100万人もの人が暮らす都市になったと言われています。

その後、キリスト教勢力によるレコンキスタ(イベリア半島の領土回復)が進んだことにともない、1236年6月29日、カスティーリャ王国のフェルナンド3世に征服されました。その後、アルフォンソ11世が現在のアルカサル(スペイン語で城)の建築を始めるなどしています。

こうして、コルドバは現在のように、イスラム様式とゴシック様式等の折衷建築の立ち並ぶ不思議な都市となりました。コルドバの特徴的な街は、世界遺産(文化遺産)にも登録されています。特に旧市街周辺は見どころも多く、観光地としてよく知られています。

入り口には、ローマ橋と門があり、対岸側には「カラオーラの塔」があり、目印となっています。現在、カラオーラの塔の中は博物館となっています。門のすぐ前が、街の中心地でもあるメスキータです。

コルドバ、ローマ橋出典: https://www.turismodecordoba.org/ (ローマ橋)

 

街の中心にあるモスクは、カトリック教会メスキータに

街の中心でもあり観光の中心は、聖マリア大聖堂メスキータ(mezquita、スペイン語でイスラム教のモスクを意味する)です。

コルドバといえば、この赤白のアーチからなる「円柱の森」を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。少し暗い中に、900本近い円柱が立ち並んでいる圧巻の風景です。

コルドバ、メスキータ出典: depositphotos.com (メスキータの内部)

現在メスキータがある場所には、古代ローマ帝国の支配のあとに、西ゴート王国の聖ビセンテ教会の地として原型が作られました。その後、イスラム王朝である後ウマイヤ朝により、この地の半分がモスクとなりました。

しばらくの間は、モスクとしての拡大工事が進んでいたのですが、キリスト教徒の征服後は、そのまま教会に転用されるようになり、16世紀にはいると、中心部にキリスト教の大聖堂が作られ、キリスト教徒の祈りの場となりました。

今も、中央部にはパイプオルガンがあり、タイミングが合えばミサ、結婚式などをここで行っていることもあります。

この建物と周辺のパティオ、キューポラ(天蓋)を見ているだけでも、丸一日以上かかるともいわれています。

聖マリア大聖堂メスキータ
出典:Wikipedia(聖マリア大聖堂メスキータ)

 

観光地として愛されるユダヤ人街

現在、メスキータの背後にあたるユダヤ人街周辺は、土産店が立ち並ぶ一体となっています。いつ行っても、観光客がいっぱいの人気スポットです。

コルドバ、ユダヤ人街出典: depositphotos.com(ユダヤ人街)

この付近も、世界遺産の一部です。中には、内部を開放している家もあり、中庭であるパティオが敷設されています。このパティオは、アンダルシア地域の暑い夏を過ごすために設けられていたと言われています。

タクシーでは行きづらい狭い路地ばかりですが、壁に季節の花を植えた「花の小道」は、季節にもよりますが写真映えする美しい場所ですのでぜひお立ち寄りください。

コルドバ、パティオ出典: https://www.turismodecordoba.org/ (The Courtyards (Patios) Festival Visitors’ Centre)

美しい壁の白さも、もともとは夏の暑さに対処するためだったと言われています。また花がつるされているのは、道に植えられなかったからという説もあります。周辺にはシナゴーグ(ユダヤ教の会堂)や闘牛博物館など、街歩きと観光にぴったりの場所がたくさんあります。

 

スペインの歴史の縮図コルドバ

もう一つ、メスキータから少し歩いた川沿いにあるアルカサル(スペイン語で城)も見逃せません。街を通るグアダルキビール川のそばにあり、西ゴート時代の要塞がイスラム王朝によって使用され、その後再度キリスト教徒に使用されています。

コルドバ、アルカサル出典:Wikipedia(アルカサル)

スペイン国内の紛争や、ナポレオン支配に対抗したスペイン独立戦争など、さまざまな局面で要塞として使われ、スペイン国内の移り変わりを見守っていた建物です。現在は、国家のモニュメントとして、広い庭園が観光客と住民の癒しの場になっています。

コルドバ、アルカサルの庭園出典: https://www.turismodecordoba.org/ (アルカサルの庭園)

旧市街を一周すると、この街が古代から中世・現代、キリスト教・イスラム教、アジア・アフリカ・ヨーロッパの文化の交差点であったことがよくわかります。

これはこの街がたどった数奇な運命を背景としたものではありますが、スペインそのものの運命の縮図でもありました。ぜひこの街の歴史を知るとともに、欧州とイスラム圏の豊かな文化を体験してください。

 

コルドバの銀細工とラ・ランブラの陶器

コルドバは、中世の時代から、絹の刺繍、ガラス製品、革製品(コードバン革はコルドバの名前が由来といわれる)といった高級工芸品を産出する街として知られ、なかでも、スペインの山岳地帯や大航海時代に新大陸からスペインへもたらされた銀を用いた銀細工は特に有名です。

後ウマイヤ朝時代には、素晴らしい素材をもとめ、ヨーロッパ各地から高い技術をもった職人が集まったこともあり、現在でも、街には多くの宝飾品工房があります。

コルドバ、銀細工出典: https://www.athenaabroad.com/cordoba-visit/(コルドバの銀細工)

また、コルドバからはバスで1時間弱のところにある、ラ・ランブラ(La Rambla)という街の陶器もよく知られています。

先史時代から、住民は泥を使ってグラスやボウルを作っていたといわれ、4000年以上の歴史を持つこの伝統工芸は、現在でも町には100を超える陶器工房が存在しているといわれています。

ラ・ランブラの陶器1出典: https://www.tuttocordoba.com/(ラ・ランブラの陶器)

 

参考資料

https://www.turismodecordoba.org/

https://worldheritagesite.xyz/cordoba/

https://www.tuttocordoba.com/